問答。
この世界で言う勇者は、その辺の勇者とはわけが違うことぐらいは空気で感じてきていることだろうか。
勇者だけではない、王も騎士もその辺のモブでさえもこの大陸では【役割】が存在していた。
かつて聖剣を奪い合う雑な進行を取ったのも、大陸の意思とそこに付随する賢者共の小細工によるものだ。何が目的なのかさえも分からない、現状維持と破壊を繰り返していくだけ、まるで擦り切れたオルゴールが音もなくなったはずなのに、それでもまだゾンビのように同じ旋律を繰り返し動き続けているようなものだ。
──前略、ロト王はオーグニーにとんぼ帰りしていた。
目的は色々あるが、転生勇者もとい無断技術提供者に関していくつか思い当たる節が出たのでいったん情報共有しに出戻ったのだ。この世界なんだかんだいって単騎の移動に関しては楽にできている、一人だけで動くならこの愛剣さえあればひとっとびなのは、こういう動きを予期していたからなのだろうか。
「基盤譜面の全体更新が起きていない、が故人記録の更新が増えている。……これもう黒でいいだろ」
基盤譜面の安置室から出てきて一息、書きとった書類を大雑把に掴んだままロトは天を仰ぐようにため息をついた。気分的には五か所から一斉放火を受けている気分だ、自分はあえて自主的にかかわっている方だからいいもののジェシーの心情まったく穏やかではないだろう。数の暴力じゃないかこれでは。
とりあえず情報の精査をするためにもアーサーと一度合流せねばなるまい、グレイスタウンは嫁と息子共がいるから大丈夫だろう。このままブリテンに向かおうか……そうロトが指針を定めた瞬間。
唯一空を見ることができる大きな窓の先に、見たくない赤い髪が映った。
──一応いっておくが、基盤譜面はその役割の問題から最も天に近い場所、城の最上階に位置している。
そもそもオーグニーの空は王のものである、一定高度以上に飛べる船はない。だからこんなところから見えるのは鳥か嵐か「面倒なやつか」それぐらいだ。
そう、あれはどう見ても鳥とか嵐とかそういう問題じゃなさそうだ!
「ロトォォォオオオオオッ! あんたの基盤譜面使わせろぉおおおおお!!」
「帰ってくれ!! まじで!! やめて!!」
貴重な窓ガラスをぶち破ってきた空飛ぶバイクに轢かれながら叫ぶ、我ながら至極まっとうな反応ができたのではなかろうか。
モルドレッドが一周回っていい笑顔をしていたが、もう何もつっこむまい。
◇
「今北産業ッ!!」
「転生勇者洗脳されてた! 基盤譜面クラスのポイントないと解除むり! 貸せ!」
「ちくしょうよりにもよって俺のとこ来るか!? したかねえぇ許そう連れてこい!」
勇者ルカ=ホプキンスの直談判なら仕方がない、最大限の隠匿コードを使ってロトは持ち込まれた「黒い目の勇者」を基盤譜面の安置室に迎え入れた。
鋼の歯車と帆によって敷かれた結界の中に鎮座するクリスタルのような基盤譜面は、今日もいつも通り奇妙な音色を響かせながら浮かんだりそうじゃなかったり、勝手に光ったりしている。モルドレッドはその姿見てかを「うっわ」と素で引いていたが、それもこれも仕方がない。この国の基盤譜面は何度も人の手に渡り何度も改造を繰り返している不純品だ、おかげで出力はないが何かと小細工が効く。
「個人単位の暗示解除なら、オーグニーの譜面が一番ちょうどいいからね」
「もうつっこまねーからな。で? 成長しきってねーそんなガキに勇者なんてあてがったバカはどこのどいつだ?」
「今探ってる」
現在進行形で黒い目の勇者カケルの暗示解除調律を行っているルカが器用に笑う。ロトから見てもカケルという少年は同じ年齢のはずなのに、二、三歳ほど幼く見える。つまりカケルのいた場所は年齢による印象も違う……文明のレベルが根底的に違うのだろう。未成熟の人間に暗示をかけ、よりにもよってこの世界に放り込んだ。無責任にもほどがあるが、その黒幕がいるなら暴かねばならない。
おそらくカケルの後ろから糸を引いている者どもこそが、今回の同時多発異変の主核だ。確かに一部の問題は出るべくして出た問題かもしれない、が、そこに被せるようにやってきたグレイスタウンのソラモノ出現やらその他もろもろは手引きがいなければ説明がつかない。流石にもう誤魔化しは起きないだろう。
「今の段階で赤の魔女討伐しとく? 答え合わせしとこうよ」
「私からも頼む、頭が割れそうだ」
ということは、ルカはもう大体全部把握しているのだろう。
勇者の情報網恐るべし。
「では第一問題、本家ホプキンス以外の勇者の発現」
「原因は不明、だが転生者ならこの世界のルールを知らなくて当然っつーことだろ」
「正解」
「第二問、グレイスタウンに突如現れた塔と竜」
「ソラモノによる侵略行為、現状裏が見えていないが俺は自作自演説を推す」
「僕も同じ考えだ」
「第三問、グレイスタウンの謎の症例」
「それは出るべくして出たやつだろう」
「モルドレッドに投げていーかそっちの方向」
「嫌だ、といいたいがそれどころじゃないか……考えておく」
問答を続ける。
その最後、切れ目の場所でルカが一つ呼吸を大きくとった。
「じゃ、ラストね──無断提供者、何だと思うよ?」
今季最大の異変、冒険者でさえ手を焼いている技術の無断提供。
放置しておけば反乱間違いなしの大荒れする明けてはいけないパンドラの箱。
明確な爆弾、それをあえて「何」だと言うならば。
「「外の概念からの攻撃」」
この世界での常識を知っていて、それを煽っているやつがいる。ただの人間ではない上位者クラスの何者か。そうとしか言いようがないとロトとモルドレッドの言葉が重なった。
「正解。正直このメンバーが一番手ってどうかと思うけど……答え合わせだ」
暗示の解除が終わったのか、ルカが汗だくになった額と前髪をかき揚げながら振り向き苦し紛れともいえるような苦笑を浮かべる。
つまり、ここから動きはするが非常にトンデモナク面倒なことになると?
そういうことなんで徹夜しろと?
あぁ、どうにもそういうことらしい。
「偽勇者を送り込んできたのはこの大陸の南部地域隔絶区域、今はもう裏側に引っ込んだはずの旧都アルテーゼだ」
其の名はいつしかこの世界から忘れ去られた、いなくなった一つの王国の名を冠していた。