洗礼。
「世界の救い方がなってない」
さながら教師のように、先代勇者は異世界からの勇者を勢いよくビンタをかました。軽く3mほど吹っ飛ばされた異世界からの勇者……通称黒い目の勇者は何をされたかも分からないといった風に、先代勇者ルカを困惑した表情で見つめていた。
──ブリテン城下町郊外、廃村にて。
不具合でこの世界に生れ落ちたいわゆる転生勇者であるカケルは、今か今かとアーサー王の返答を待ちながら周囲の村をめぐり手助けをしていた。さてこの場にいる理由を語る前に、少しばかりカケル自身の話を情報共有しよう。
カケルは生前、つまり前世の記憶を持ちながら目を覚ましたいわゆる転生者だった。前世は至って普通の、ごく当たり前の人生を送った学生だったカケルにとってははた迷惑もいいところの話である。
『でも大丈夫、キミはこの世界に選ばれたの。お願い、この世界を救って?』
転生……前世の記憶を持つ自分には女神と名乗る妖精が常について回っている、彼女が囁くように願うのはこの世の平和という至って平穏的な、テンプレートなライトノベルストーリー。第二の人生を受けたアルテーゼ王国での洗礼を受け、勇者としての立場を設けられたカケルにはある意味選択肢がない状態、生前と何ら変わらない状態で進むことになった。
もてはやされることに優越感がなかったわけじゃあない、後ろめたさがなかったわけじゃあない。今はただ物語を進めるように進むことしかできなくなったカケルにとって、どんなに可愛らしい子が仲間になろうが、どんなに頼れる兄貴分が仲間になろうが、この世界はひどく冷めて見えた。
いつの間にか意識せずとも世界は移ろい、いつの間にかカケルは自身の言葉を忘れてしまいかけていた。自分が意識せずとも進んでいく、まるで肉体に閉じ込められたように意識は意味を持たなかった。
……そのはずだった。
『あぁお前転生者か、何する気だかしらないっすけど大人しくしといたほうがいいっすよ』
『歳は? げっ17か……あーもう馴染み切ってるよなぁ、ごめんな、すぐにみつけてやれなくて』
『潜伏をお勧めする、ブリテンに乗りこめ。勇者らしく動けば、《《皆気が付く》》』
『悪いけど協力はできない、立場上の問題があるから。でもキミがそのつもりなら……どんなに掠れた小さな声でもいい、助けを呼んで。キミがその立場に置かれたことに、キミ自身に罪はない』
ある人に会うため、ソラモノの国を目指すために必要なレーヴァンの地図を求めこの壊れた歴史の国を訪れる。勇者たち一行はこの崩れかけた国を目の前に、救世の旅へと踏み切った。
それが大幅な道筋、責務は向こうからやってくる以上動くしかないと思っていたカケルとその女神には大きな誤算があった。何も知らない女神は困惑した、何も知らされなかった勇者はすべてを悟った。
なぜならばこの大陸には。
「自分を救わないきみには、勇者の名は荷が重すぎるだろうね」
死んだはずのこの世界の勇者が、まだ生きていたのだから。
◇
「さて、話をしようか。色々言いたいことはあるのだけれど、とりあえず」
異世界からの偽勇者が今ブリテンに滞在している、しかもソラモノの国と接触したがっているという情報を掴んでしまったルカ=ホプキンスは、何よりも先にそいつをぶっ飛ばさなければならないと勇者として覚えた魔法さえも稼働させてブリテンに戻ってくる羽目になった。
この世界の管轄はホプキンス家に一任されている、管制からのお墨付きというか烙印をもらっている以上
偽勇者……それも転生者だというならば非常に忌々しき事態なのだ。
アーサー王が予防線を張ってくれていて助かった、レーヴァンの地図を手に入れられていたら事はもっと肥大化する。繰り返すわけにはいかない、この世界ではない人間が縁もゆかりのない世界のために命を削ることなど。繰り返すわけにはいかないのだ、自我を封じられた代役にすべてを委ねることなど。
「まずきみ自身と会話できるようにしないといけないね」
郊外で魔物討伐をしてくれていた彼をビンタでぶっ飛ばし、そのまま見下ろして状況を見たがかなり深刻な状態だった。単騎行動中であったことも幸いだった、勇者なのに魔王みたいなことをしなければならなくなるのは目に見えている。
彼には強力な『修復暗示』がかけられているのはすぐにわかった、アーサー王に問い合わせたところまるで台本を読んでいるような空気だったという話もあったから恐らく当たりだろう。簡単に言ってしまえば人形のように自我をある程度封じ込まれてしまう呪いだ、転生勇者や、転移召喚による意思疎通の弊害をなくすために開発されたと聞くが所詮は洗脳行為だ。
自我を完全に封じ込めるならマシだが、ある程度自由意志が残っているのが悲惨だ。そういうことするからぶっ壊れるヤツが増えるんだろうがと何度もキレたが、人は楽な方に行きたがる生物だ。
人としてやれることは、早くに見つけて助け出すか、転生者なら早くに送り返すしかない。
「--------」
「大丈夫、そこで聞いていればいい」
この手の転生勇者にはサポートがついている、それは妖精だったり女神だったりを自称して誑かす。そいつが暗示のコアであり弱点だ、実に可愛らしい姿をしているとは聞くがこればかりは仕方がない。悲しいことにこの世界では、可愛いだけじゃ生き残れないのだ。
「『我らが主の同盟者イデオロギーの名の元に、深層へ焚べる火を戴く。帳の夜はとうに明けた、微睡の空にて曙光の音を届けよう』」
調律の言葉を紡ぐ、姿の見えない暗示が悲鳴を上げている。
転生偽勇者が悲鳴に怯えてか、頭痛を訴えるように耳を塞ぎ頭を抱えた。
「『目を覚ませ』」
バスン、と耳に聞こえる形で暗示が破裂する音が響く。
まるで操り糸が取れたように、黒い目の勇者はバッとルカの目を見た。まるで信じられないものを見たように震えながら、ようやく聞き取れる声で言葉を零す。
「何、をした……? えっあ、声、聞こえてるのか?」
「ちょっとしたバグ技だよ、これでようやく話せる。けど質問攻めは移動中でね、ちょっと急がないと不味いから」
「えっ、えっまってくれ、なにがどうなって、きみは一体」
「また喋れない人形になりたくはないでしょ? へーいタクシー!」
手を振って空を仰ぐ、万が一にと待機していたモルドレッドがいつもの空飛ぶバイクで降りてくる。ちょっと時間が押しているのでという理由でモルドレッドを呼びつけていたのだ。目を白黒させている後輩を引きずりバイクに乗り込むと「タクシーじゃないと何度言ったら分かるんだ? 勇者」とかなり渋い顔をしているモルドレッドだったが、時間がないのは分かっているらしくさっさと発進する。
「いいじゃん、きみ本格的な出番まだ先だろ? HurryHurry! ロト王の家までよろしく!」
「ちょっ、まっ何!? 何の流れ!? 分からないんだけど!?」
「行けばわかるさ!!」
キーパーソンは回収した、ここから巻き返すぞ!