厄日。
──ブリテン城、城主私室。
「ごめんもう一回言ってくれ、俺にわかる言語でな」
「ボールス王がキレました」
「プッツンと?」
「ブチッと」
「あぁーストレス貯める性格だろうしなってそういう問題じゃねーな!! やっぱ穏便に行こうとすると逆効果なんだな!! よーくわかった、本当に」
前略アーサーはため息をついた。何となくそんな気がしていたんだよなと頭痛が痛いが、状況はさらに悪化することを選んでしまったらしい。
黒い目の勇者との直接交渉を行う、その話についてはジェシーたちに任せる気でいたのだがどうにも先行きは暗雲だ。簡単に言ってしまえば先ほどの伝令兵の報告通り、「ジェシーがキレた」のだろう。色々予想は付くが、まぁ多分根本的に合わないタイプの人間だったのだろうそのギルドの交渉役が、その、聞くところによると亜人種の美女侍らせているらしいし。
聞くところ、現れた瞬間に「交渉の場に政治のわからぬ人間を連れてくるヤツがあるか、はっ倒すぞ」とでも間髪入れずに叫んだらしい。
……おそらく、本当の台詞はもっとひどい言葉の羅列なのだろうなと若干の寒気がする。
あいつ怒るとすげえ口調荒くなるんだよ、完全にマのつく人なんだよ、指立てるどころじゃ済まされねえんだぞ俺は知ってるんだぞ。一回ゲームで友情崩壊しかけて怒らせたことあったからよく知っている。あいつはやばい。
あぁどうしたものか。
栄華杯の準備は今のところ順調だ、本体勇者の足止めも何とかなっている。七割頑張るから三割負けろと言い負かしたおかげか、セージュたち冒険者同盟の尽力もあり灰色の街の海に突如出現した「塔」の攻略もどうにかこうにか進んでいると聞いている。
だがそれ以上に上回るボールス国のマジギレ。ボールス国から遅れて届いた書簡があるのだが、実はまだ開いてすらいない。
だってこの滲み出る負のオーラがやばい。紫どころか黒い、開けた瞬間に爆発四散しそうでヤバイ。
「黒い目の勇者との交渉が決裂したってことでいいんだよな」
「そうなりますね」
「その情報、まだ表には流れていないな」
「恐らくは」
「よーし、お前この後暇か。暇ならあれだ、ちょっと関門まで走ってくれ」
「三日はかかりますが!?」
「バイク貸すから半日で帰ってこれるからいける、むしろいってくれ。生きてかえってきたら休み出すから」
「王、休みよりも人手が欲しいです」
「正直な人は好きだぞー何人ほしい」
「五人ほどいただければ幸いです!」
「よしわかった見繕っとく、これ命令札ださぁ行ってこいなるべく早く的確にな!!」
酷使してごめんな伝令隊! でも正直アナログ式のほうが安心どころか安全なんだわ!!
/
「壮絶な情報の齟齬現象が起きている気がするんだが気のせいか」
「気のせいじゃねえと思うぜ! 正直すまんかった。後悔している、反省はしていない」
「同じく」
「仁王立ちで言っても俺は聞かないからな主犯ども! GOサインだした俺も人のこといえないけどさ!!」
──ボールス国領域内、関城・屋上庭園
黒い目の勇者との会談は決裂に終わった。と、いうか会話にすらならなかったといってもいい。つまり、ジェシーは自分のやらかした過ちにひどく胃痛を感じる結果になった。
最初は頑張った。ただでさえ思考速度の違う相手に合わせてゆっくり、丁寧に話をしたつもりだった。穏便に済めば一番いい、相手が引いてくれさえすれば何もかも解決するのだ。
が、それは幻想と散った。
まず価値観が違い過ぎた。宗教観や根底のものの考え方が違ったのだろう、これは仕方がない。次にお互い煽りに対する耐性がなかった、ジェシーはこれでも沸点はかなり高い方を維持しているつもりだったが
相手の使った煽りの言葉が不味かった。平然としかも把握していない速度で当たり判定に入ってきてしまったのだ。
我慢できればよかったんだがそう思ったころには素が出ていた、会話じゃなくって殴り合いだこれとスモーカーの嘆きが最後に聞こえた時点で自分は最高にキレていたのだろう。
「主役としていっていいか」
「どうぞ」
「開口一番でガン切れの顔で「あ゛?」はないと思う」
「明らかに可愛いだけの部外者連れてこられたら怒るだろ?」
「もう少しオブラート包もう? ってか、あのさ。もしかしなくてもここってそういうノリOKな場所か、もう政治もくそもないんじゃないか」
「爆破落ちに持ち込んででも殺すが許されると思いたいな」
「ジェシー、お前実はあの勇者ども滅茶苦茶嫌いだろ」
そんなことはない。
ちゃんと客人として礼儀を踏まえて、かなり譲歩した。
決して嫌いなわけではない。
「存在自体を消したいと一瞬思っただけだ」
「ダメじゃねーか!! めっちゃ嫌いじゃねえかってかほぼ地雷か!!」
あの人をモノか人形としかみていない目を見たら誰でもそうなるじゃないか。
かるく古傷に抵触する。
いや、まぁ、不意打ちでぐっさり傷が開いたがそれはそれで。
「状況滅茶苦茶なのは元からなのは知っているんだが、さらに滅茶苦茶になった気がする」
「お前が収束させるんだぜ、スモーカー」
「死にたくなる」
「自殺はあいつらと同じことになるぜ」
「じゃあ生きる」
ともかく。
やらかした、多分冒険者側はてんやわんやだろう。単純な話になったのはありがたいのかもしれないが、どれぐらいの敵を回してしまったことやら。
霧雨の中、未だに空が晴れる様子はなく海のさざ波は強くなるまま悪化し続けている。先立つ憂鬱に王たちは困ったと頭を抱え、そしてこれ以上ない拒絶を食らった転生者たちもまた大きな衝撃を受けたのは事実。
これは不味いことになったぞ、王の誰もが、そう頭を抱えた。