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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
2-10:グレイスダウン
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索敵。

 関城の屋上庭園は殆ど手入れがされていないため鬱蒼とした草木に包まれ、景色を見るどころではない雑草畑と化していた。しかし今求められている状況を考えてしまえば、この雑草畑は最適だった。唯一開けた柵際から海辺まで見通すことができるここ以外は、すべて影となる。誰が潜んでいても何が眠っていたとしても、手練れでなければ気が付くことはできない。絶好の袋小路だ。

 多少整えましょうかという騎士の提案もあったが、テーブルについてお行儀よく交わす会議をする気はない以上却下させてもらった。どうにしろ予感があった、黒い目の勇者を相手にして荒事にならないわけがないという根拠のない、それでも確かな予感が。

 黒い目の勇者はどうにも準備があるらしい、とは言っても心構えのようなものだろうが。来訪を待つ時間ほど長く退屈なものはない。時間が余るなら、その分こちらでやれることも話せることもある。


「最近思うんだ、俺たちが感じる予感は予知なんじゃあないかと」

「言えているかもしれないな。なにかが起こることが決まっているから、予兆を感じるのだとすれば」

「平穏な人生に行きたいだけだったんだけどなぁ。ところで、俺がここでいいのか?」

「主役なんだろ、もしかしたらキミにしかやれない相手かもしれないってセージュが言っていたじゃないか」

「それは……そうだけどさ……」


 柵に背もたれたジェシーにも見える形で苦笑したスモーカーは、簡易のベンチに座ったまま肩を落とす。その背には銃剣、聖剣の一つキャリバーンを引っ提げているものの彼は困ったように……というよりも現に困っているのだろう、指でかしかしと己の頬をかいていた。

 彼が目に見える形でここにいることを提案したのはセージュだった。

 役割と呼ばれるものが占めてきたこの大陸において、実力はどうであれ主役の座についたスモーカーの重力は切り札になる。相手に何かしらの心当たりがあるらしいセージュはそういい、あくまでも彼を日の目の当たる場所に立たせたいと主張した。

 諜報部隊からの先行情報からしても騎士を立たせては逆に危険になる可能性があったことから、ジェシーもこれに賛成した。

 ……のだが。


「自信がないのか?」

「実感がない、っていったほうが正しいかもな。……正直よく分からない、本能でずっと避けてきたけどいざこうなるとどうしたらいいのやら。俺は別に大きな目的はないし」


 息の仕方すらできない亀みたいだよなとスモーカーは自嘲する。目的といっても生存目的で傭兵稼業をしていただけだと付け加えたが、それは至極普通のことだとジェシーは思った。大層な目的をもって生きている人間はそう多くはない、むしろ異端児だ。

 空を見上げる、晴れていたはずの空はいつの間にかどんよりと陰りをはじめ見慣れた湿り風が頬を撫でる。


「死にたくないんだ」

 

 主役スモーカーが零す。

 誰だって同じことだ、明日をも知れぬ身、死に責任をとってくれるものがいない上に自分を引き継いでくれる人はいない。王となってもそれは同じだった、きっと彼も同じだ。死なない可能性のほうが高いのかもしれないが、だからこそいざという時の死が恐ろしい。体感していないからこそジェシーは恐ろしかった。

 

「役者の死ってどんなもんだと思う」

「ただの死ではないのは何となく」

「あぁ」


 雨粒のように零したその言葉の重みを図り知ることは難しい。

 

「俺たちは不死だって言われてる、死んでも意識が別の体に移るからな」

「……? 経験したことがあるのか」


 飽きるほど、と主役は肩を竦める。

 曰く死んだとしてもその瞬間のことは記憶ではなく、記録として覚えているのだそうだ。そして次の生、ある日の瞬間に死んでいたことを思い出す。あくまでも自意識とイコールの存在として成り立つ人格は、次の人格が宿っていたとしても大抵が前の人格に自身を明け渡すという。そもそも自分自身なのだ、時間を線とみて、過去の自分か未来の自分かの違いしかないのだとか。

 舞台とも呼ばれる物語に立ち会った者たちはみな役者と呼ばれ、そしてそのもとで行動を成す。演じているわけではないが、そういう役割だという漠然とした自覚はあるのだとスモーカーは語る。

 皮肉のようだが、ジェシーにもその自覚はうっすらとある。

 おそらく自分はこの今の人生で初めて舞台に上がったのだろう、いうなれば一周目。いつかきっと彼の体感を自らの知識として得る時が来る、実感のない話といえばそうなる。この意識が途切れることがないのならば、確かにそれは不死だと言えるのかもしれない。


「ただ、死ねない代わりに俺たちには一度きりだけの「奇跡」を起こせる」

「割に合わない」 

「本当にな」 

 

 細やかな息遣いと息詰まりに、何かをこらえるようにスモーカーは立ち上がった。風が流れて髪が靡く、曇天は今日も僕たちに手厳しい。


「昔、それを使ったやつがいたんだ」

「……亡くなったのか」

「あぁ──まぁ、そいつは満足して逝ったんだと思う、けど俺は二度と会えないんだなと思うと、な」


 背に吹き付ける潮風に押されるように柵に手をかけ、彼は海を見下ろすようになんとも曖昧な笑みを浮かべては溜息をつく、ジェシーはそれをどうしてか見ていられず目線をそらしてしまった。

 人の死というものを、ジェシーは今でも覚えている。あの教会から連れ出そうとした女の子は、自分の目の前で自分をかばって死んだ。暖かな血の温度を覚えている、目を覚ますことがなかった瞼を覚えている。餓死でもなく病死でもなく、人の手によって殺された衝撃を心臓は今でも覚えている。

 

「二度と目覚めない夜が怖い」

 

 一呼吸。


「それを知らないやつらがおぞましい」 


 黒い目の勇者の足音が聞こえる。彼らはこちらの世界を知らない無法者であり、何かしらの神と称される何かの影響を受けていると聞く。

 別舞台の主役だとセージュは言っていた、だからこの状況、争奪戦ともいえるのだからこそ。話を聞かなければいけない、望みを知らねばならない、そしてそのうえで。


「来たな」

「二人か」

「外壁に伏兵二匹」

「奇襲させる、準備はいいな」


 OKサインを草むらに聞き、扉へと向き直る。

 状況は整ったらしいじゃないか。



「 俺たちの戦いを始めよう 」



 ようこそ、異世界からの転生者ども。

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