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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
2-10:グレイスダウン
124/134

宙海。

 顔のない王たちによる国なのだと、テオドールは聞かされていた。

 ソラモノが星の地表に降りることはそう多くはない、半一方的な不可侵条約によって星が守られているからだとか。ともかくソラでうまれたものはソラで生き、星に触れてはいけないのだと大昔からマザーグースのように聞かされている。

 ──宇宙に浮かぶ大船に住むものたちにとっては当然の、禁忌だ。

 テオドールはごく一般のただの騎兵である。

 多少、普通ではないところはあるにはあるが。


「ヴェクト領が星に侵入行為を?」

「そうだ、我々ナージ領はヴェクトの愚民を止めに行くために星へ降りる。今回は例外だ」

「はぁ……」


 蒼く輝く星が見える天文台へと続く廊下を歩きながら目の前を行く女性……フェグル隊長は、いまいち気の張らないテオドールへ向けてか咳払いをした。詳しいことは聞かされていないのでわからないのだが、どうやら自分たちナージ領と敵対しているヴェクト領の者たちが不可侵条約……禁忌を破り、かの星へ降りてしまったらしい。

 条約を守護する護星隊としては、放っては置けない事案なのはわかっている。

 テオドール自身、その護星隊の一人なので分かってはいるのだが。

 

「どうしたテオドール、何か不満でもあるのか」

「……いえ、なにも」


 今回、本当にヴェクト領の仕業なのだろうか?

 上司を目の前にそう言えるほどテオドールには度胸はない。


/


 星へ降りる直前の会話を思い出しながら、テオドールは会議に宛がわれた部屋の外側、さらにそこから離れた壁でぼんやりと欠伸をしそうになり慌ててかみ殺す。

 降りた場所はグレイスタウンというこの大陸の中ではボールスの統べる、その末端なのだそうだ。今その海は凍り付き明らかに自分たちの技術の「塔」がそびえたち、ドラゴンたちがひたすら残虐行為に及んでいる。

 自分たちは【狩人】を名乗り、この街と国を救うために協力関係を築こうと相談しにきた。といったところだ。

 船の恩恵を受けられない以上ここで同盟を組んで、この先々を安定させたいのだろう。どのみち今の自分たちはこの大陸からしたら異物なのだし。


「変な場所だよね。王様の顔も教えてくれないなんてさ」


 護衛として選ばれたもう一人、ガロンが手元の資料を眺めながらそうぼやく。この国と街の情報をまとめたものだが一日二日その程度のものだ、大したことは分かっていない。

 ただそれでも不思議なことに、ボールス王の具体的な情報がまったく拾えなかったのは不気味だ。 辛うじて知り得たのは、今年に入ってから新たに即位した王ということ。そして慈愛のある王だということ。似顔絵は本人のそれというよりも空想画に近いモノであり、まるで半分怪物のように書かれているのはどういうことなのだろう?

 かといって恐れられている、ようには思えないのだが。


「……写真が嫌いなだけかもしれないぞ」

「そうかなぁ、にしてはさぁ……ほら、ほかの国の王様も写真とか絵とか取ってないんだろ? なのにあんなに支持してるって怖くない?」


 顔のない王たちによる統治によって守られる国。

 ソラモノとしても似たようなものじゃないか? とは言えない。 


「なぁガロン」

「なに?」

「今回、何かおかしくないか」

「……へ?」


 引っかかっていることがある。

 船の技術はさまざまな影響を与え多くの人を侵蝕し、変異させてしまうものだ。だからこそ星に降りることは許されない。降りたところで星には受け入れてもらえないはずなのだ。だが、なぜそんな場所にヴェクト領はわざわざ塔とドラゴンを使い侵入行為を行っているのだろう?

 そもそも、ヴェクト領の連中はここにきているのか?

 

「わたしには分からないよ、命令聞いて動いてるだけだし。変に考えない方がいいんじゃない?」


 そうだろうか。


「そうだよ、上の命令は絶対っていつも言われてるだろ」


 ……そうだろうか。


「早くドラゴン狩りに行きたいよ」


 …………。


「──あ、テオドール。あれ、あれ見てよ」

「あ?」

「会議室の扉のところ」


 ガロンに突かれ扉を見やると、そこには重苦しい灰と紅の外套を羽織った少年が一人の騎士と一緒に立って居た。

 少年は随分と気品のある装いだったがその顔には大きな縫い傷がみえる、不思議と獣と花の匂いが漂ってくるのは何故だろう。銀色の髪を揺らめかせながら、一つため息みたいに息をつくと少年は扉を開き会議室へ入っていった。それに騎士も続く。

 しかけていたアラームが鳴る、会議が始まったらしい。

 何かあったら端末に連絡が付く予定。なのだが。


「え、今のが」

「……そうみたいだな、アラーム鳴ったし」

「私よりも年下みたいだったじゃん」

「お前よりも頭がいいんだろ」

「えぇ……?」


 少年のする、顔じゃないと思ったのだが。

 気のせいだったろうか。


/


「待て話がややこしくなってきたぞ、つまり?」


 情報収集を終えた騎士ランスロットからの報告を受け、アーサーは珍しく聞き返す。

 勇者の一件から数日、そういえばボールス王のほうがなにやら騒動があったらしくそのへんも探らせていたのだが、本筋、つまるところ勇者の一件のほうでとんでもない話が繋がってしまったらしく。ランスロットですら渋い顔をしていた。


「勇者、というものの裏に星よりも上の者。ソラモノの存在があるようです」

「えっいや星より上って何?」  

「宇宙、と呼ばれる空間があるそうです」

「…………神の国があるんじゃないのか」

「神の国だそうですが、恐らく死後の国とは何ら関係はないかと」


 意外なところでスラム時代からのわずかな幻想が、また幻想であると跳ねのけられたアーサーはこれまた珍しく手で顔を覆う、そんな着ぐるみの中に人がいますみたいなご無体な。

 ひとまず、ソラモノというのは自分たちと似たような人間であること。簡単に考えれば別大陸の人間、へたすれば別の世界の人間ということになる。もしかして違法者こいつらなんじゃねえか。だかそんな連中がこの大陸にやってきているとなると困った話になる、今期は勇者の案件だけぶっ潰して休みたかったのになぁ!


「えぇ、どうするのこれ」

「カムラン王から伝言ですが、「空の上までは流石に管轄外なのでいつも通り好きにしてくださいっていうかどうにかしてください」だそうで」


 つまり、僕らは関係ないし関わりたくないんでお任せします。

 ……というセージュの声がなぜか違和感もなく脳裏に流れた。


「冒険者でも匙を投げるような連中を俺に回すのか!?」

「アーサー様の処理能力はマーリン殿の御墨付ですし」

「呪いの烙印の間違いだろそれは! あぁもうどうするかなぁ」


 月祭以降、安定期に入ったおかげかこの大陸に出入りする旅人と冒険者の数も下火になってきている。普段の警備でなら普通何も問題はないはずだが、ここまでくるとなると不安になるのは仕方がない話だ。ジェシー……ボールス領の方面でも外の大陸からの来訪、侵入行為が起こっていると聞く。

 こりゃひと騒動起こる。

 絶対一か所に集中して起こる。


「勇者が企画書仕上げてくるの、いつになるか予想つくか?」

 

 ふと、勇者の案件が引っ掛かる。ソラモノ、というのがまだ情報を仕入れていないためよくわかっていないがさぞ愉快な連中なのは間違いない。人ひとりだけで十分な波が起こっている、しかも彼が来たのは灰色の街からだ。出身者でもなく。

 会議を開くまでもなくボールス領で何か起こっているのは確かだ、しかもさっきオーグニーからの使者がロトを探しにブリテンまでやってきていたとなると。


「明後日には来るかと」

「あーバカ真面目かー」

 

 とりあえず、一ヶ月ぐらい勇者をここに足止めする策を考えるか。

 灰色の街は所謂玄関口、集中砲火を喰らって瓦解でもされたらろくなことにならない。


「そういやあいつら、宝物庫の「レーヴァンの設計図」を欲しがってたんだよな」

「そうですね、そうおっしゃられていました」


 勇者は技術を持ち帰り、何かをまた発展させたいといった雰囲気だった。彼によって急激に文明レベルが進歩した村一帯に関してはやんわりとはいえ隔離を進めている、ボールスとの国境間際の場所だから余計にだ。 

 火種が近い以上これ以上は持って行かせたくはない。

 どうしたものかな、これは。

 何か合法的に、だが決して悟られずに。そろそろ民衆のフラストレーションも昇華しないといけない時期だ。


「……」

「アーサー王?」

「カムランと導師の一族、それと冒険者組合に連絡を取ってくれ」


 そういえば、いいものが過去の文献にあったじゃないか。

 自らの技術と技量を競い合う、過去世界全体の各地で開催されたという武闘大会。今でも確か外大陸で盛んにおこなわれているはずだ。参加者は冒険者や旅人、武闘人ならなんでもありで。

 先々代の王が華のあるものだとそれを知り、この国でも数度気まぐれながらに開催されていた歓楽行事。



「【栄華杯】を復活させる」



 海風でしけった空気を一度取っ払おうじゃないか。


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