帰還。
グレイスタウンに突如として現れた氷の塔とドラゴンの群れ、その被害を食い止めるために一時的ではあるがグレイスタウンは簡易的な閉鎖状態に追い込まれた。閉鎖、といっても壮絶なものではなくあくまでも任意の避難命令。受け入れ先はそうは慣れてはいない土地なのだが、まぁ大体予想通りに自主避難するものは少なかった。外の影響を受けやすい海辺の町だ、住む人たちも相応に知恵と技術を携えている。
そのうえで居残ったのだから、問題はないということなのだろう。
「こちとらだいぶ大問題だがな!」
普段の口調ですら保てないと言わんばかりにジェシーは頭を抱えてはため息をつく。
あの土地であることも頭が痛いのだが、それ以上に。
「ドラゴン討伐組織だったか? 随分な連中に目をつけられたなぁ、ジェシー」
「もう胃に穴が開きそうだ。というか、なぜロト王がここにいらっしゃるんですか」
「家族サービス中だったんだよ察しろバーカ」
だからってうちに来ないでください。なんてことは口が裂けてもいえるはずがなく。
前略、ジェシーは数か月ぶりの故郷に里帰りをしていた。
異国の船が突貫してきただけならば現場の連中に任せる気でいたのだが、これでもかともういっそ帰って来いといわんばかりの推しに仕方がなく、そう非常に不本意な形で故郷の土を踏む。しかも、グレイスタウンの目立たない外壁につながるように置かれた関城に誰にも気が付かれないようにやってきたというのに、どこからか察知してきたどころか普通に旅行者面して「たのもー」とつっこんできたロトが一緒にいるという現状、ジェシーはとにかく胃痛を感じている。
関城とはいってもただの公共施設、隠し部屋なんて便利なものはないのでただの窓のない会議室で隠れるように会話していた。
自分はともかくとしてもロト本人の評判はお察し状態だ、余計な噂は立たせたくない。
さて。
事の原因は、この街に現れたドラゴンでも船でも塔でもない。
「【狩人】、か……」
街に突如参上した、ある組織の存在だった。
「ドラゴンを倒し人々を守るための組織だっつってたなぁ、どこまでが真意なんだか」
「現状だと何もわからない。ドラゴンの抑え込みは助かったけど」
「お前んとこ異国の対策とかしてんの?」
「内陸部が本体だから前例がない、あ゛ーなんで俺の代でこういうの来るかなぁー!!」
ドラゴンを殺すことにのみ特化した部隊、【狩人】。
どこに潜伏していたのかどこから侵入してきたのか、溢れたドラゴンの四割を受け持ち撃破してみせた強化人間たちによる一組織。それだけならなんだいつものことかと目を逸らせるのだが、どうにも彼らは「外の大陸」から来たと公言しているのだ。
そして、そのドラゴンを討伐せしめた技術も道具も外の大陸のもの。
まったく、嫌なタイミングで重なるものだ。
「彼らが不法者ってオチじゃ……ないな、そう簡単じゃあないよな多分」
「だろな、そうだったらことはもっと早く収まってるぜ」
「ですよねー……ですよねぇ……」
「俺も協力してやっからそう泣くなって、終わったら前欲しがってたプラモやるからよ」
「FA=0027X2でお願いします」
「おまえやっぱ元気有り余ってんだろ」
「そんなことないです」
沼に引きずり込んできたのはそっちじゃないか。
「話は変わるが、いや戻るが。前線に出るなんつーアホはいわねぇよな?」
「流石にクロスラインでもないんだから出ないって、月祭の時とは状況が違う」
「まぁそうか。お前の場合死んでも死なねえ……って確証もねえしな、妥当だな」
「死ぬことが前提っていうのがまず間違いなんじゃ?」
「……たしかにそーだわ」
ジェシーは性質上、王と区分はあるがその半分は捕喰者となっている。王の性質は死者がゆえの不死、だが捕喰者は生者ゆえの確定死が義務付けられている存在だ。相反する性質を同時に保有するということ自体がレアケース、何が起こってもおかしくはない。
その懸念もあってジェシー自身も率先的に例外対応に優れた冒険者とのラインを取っているし、バックアップの導師の一族もまた対策は進めている。
だが、起きないと言う確証もない。
ロト王は、至極正しい。
「これは提案なんだがよ」
ふと、ロトが急に真面目な顔をした。
「無断提供者の件、俺にやらせてくれねぇか」
「……当てがあるのか?」
「いくつかな。それにといっちゃなんだが、お前、今のグレイスタウンの大型案件はこれで四件だぜ。アーサーならともかくお前にゃ荷が重すぎる」
確かにそうだ。
今のところ、外の大陸が絡むだけでも手一杯だ。正直オーバーフロー状態を起こしかけている。
気にかけてくれているのだろうか。
「じゃあ、頼んでもいいか。正直かなり不安なんだ、外の人と公式にかかわるのも初めてだから」
「おう頼れ頼れ。異説同盟っつー大義名分もあるんだ、たまにゃ権利使わねーとな」
ロトは得意げに笑っては鼻を擦った。
普段から人々に恐れられる王ではなく、自分よりも少し年上の兄のような普通の笑いだった。
「王、狩人の方が」
「分かった、今行く。ロト王、俺はこれで」
ロト王と別れ会議室を出る。
──意識を切り替えよう。
狩人とはこちらから連絡を取り、組織部の人間と一度会談を行うという話は本国を出るときに決めていたことだ。らしくないことだがこれも仕事、向こうも何かしらこちらに支援を期待しているようだし。
部屋に向かい廊下を行く、騎士の先導を受けながら足早に向かう足音が大きく廊下に響いては風にかき消される、外から届く海風はどこか血の匂いを含みいつもよりも生々しい。人外の群れからの攻撃をうけたのだから流れた血の量もいつもの倍以上、依然として海にそびえるあの塔が本当に恨めしい。
「様子は」
「カメリア人、ジア系の女性です。護衛二、探知を警戒しそちらは確認を取っていません」
「警備の配置は任せる。だが部屋の監視目魔は外しておけ、最悪鈴を使う。それ以外は通例通りに」
「承知いたしました」
扉の前でぴたりと足を止め、小さく深呼吸をする。
なんだかんだいってこれがボールス王としては初めての外界との接触だと思うと、端的に言えば緊張する。
前例のない事案、前例のない、自分が初めて足を踏み入れるボールスとしても新しい記述への一歩だ。脅威は未だ降り続いている、彼らの協力を取り付けることが最優先。だが天秤は釣り合わせなければいけない。
──導師であり、記述者であり、記録者であり、交渉人であり、開拓者であり、旗手であり、即ちそれが。
「初陣だ」
それ即ち、王であれ。
/
一方そのころ、グレイスタウンの裏路地にて。
「おい少年、生きてるか」
スモーカーはたまたま見つけた少年に声をかけていた。
少年といっても見知らぬスラムの少年だったが、その異様な腕といい異様な気配といい雑務が終わった身とはいえ騒動の火だねになりそうだなと思いながらも、声を掛けざる負えなかった。
蒼白の肌に、おおよそ人の血ではありえないような発色をした髪の色。やせこけた体にはタトゥのような刻印、鳴りやまない殺気。人間とは、離れつつある外見。
「な、んだ……?」
「なんだとは俺が聞きたいさ、とりあえず立てるか」
「お前、何」
「今は何も聞くな」
少年の手を引き裏通りへと出る。
裏路地には食い破られたかのようなドラゴンの死体と戦場特有の傷跡が、少年の異常を証明しているようなものだった。
なぜスモーカーが少年を保護しようと思ったのかは、単純な話、人情からだった。
「今は何も、聞いてくれるな」
少年の瞳は、かつての自分とよく似ていた。




