旅行。
「お父様、あたしあのお人形が欲しい! 買って!」
「お父様、オレあそこに飾ってる剣欲しい! 買って!」
前略俺、オーグニーのロトは双子のエースとサイファに引っ張られながらもやれやれとため息ばかりをついていた。
ところはボールス領末端、灰色の街とも称されるグレイスタウン。他国に遊びに行くのは家臣たちがあまりいい顔をしないのだがそりゃあ形式上妻であるモルゴースが、あの引きこもりが行きたいと言ってくれば仕方のないことだ。
何故来たかと問われれば、端的に言えば家族旅行というしかないのだろう。あまりそういうのは好きじゃあないんだが。
個人的にはようやく例の一件も鎮火したのだからしばらくはのんびりしていたいのだが。
「大人気だな、『お父様』?」
モルゴースがにやにやと笑いながら振り向く。こういう表情は本当に魔女らしいなぁとは思うのだが、いかんせん目の下のくまがひどい。どうせ昨日の夜眠れなかったのだろうがお前は子供か。遠足まで興奮して眠れなくなる子供か。そもそもなにがお父様だ。
現在進行形で俺の腕やら外套やら引っ張りながら店へゆかんとするこの男女一対の双子、確かにエースは俺と同じ髪の色をしているし所々モルゴースと性格も似ているが、サイファは見事に俺の剣術センスと一緒だしモルゴースの白髪を受け継いでいるが、厳密に言えばこの双子は人間ではないしそもそもなぜそんな立ち位置に滑り込んでいるのかも疑わしい。
「誰のせいだと思ってるんだよ……」
どうしてこうなった。
あまり考えないことを信条としてきた俺でも、頭を抱えるぐらいの難題である。
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月祭やら星やら腐敗者で沸いていた頃、俺は別件の処理に追われていたという話はあまり浸透していないことだろう。
そもそもオーグニーは平等公開を嫌う、厳格な住み分けと相応のもとに統治しているまさしく帝国の印象そのままだ。まぁそのおかげでしょっちゅう俺の命を狙ってくる連中もいるわけだが、死にはしないからそれらはどうだっていい。
そんなことさえ些細に思えるほど、オーグニーに舞い降りた流星は厄介だったのだから。
この双子のエースとサイファはその産物というべきだろう。
最初は驚いたものだ、落ちた流星の解析をしているモルゴースを訪ねたら部屋から急にこいつらが出てきたのだから。
「とにかく、とにかくだ。観光するのはジェシー……ボールス王に挨拶をしてからだ、わかってんな?」
一応他国なのだ、それにちゃぶ台同盟でいったんの停戦は結ばれているとはいえ和平は結んでいない。相応に礼儀とやらを示さねばならんのだ、一応この国にきていることはシークレットなのだがそこまでは隠せない。
グレイスタウンは一応半分は観光都市といった体制を取っているのだし不審がられる要素はないが、あのジェシーとやらは疑り深い性格をしている。痛みで胃を痛めていることぐらいは俺でもわかる、一応緩和策を立ててやるのが礼儀だと俺は思っている。
「「はーい……」」
「挨拶が終わったら昼飯にすっから、な? お前らたしか魚料理好きだろ?」
「おさかなさん! サイファ、サイファ、聞いた?」
「うん、聞いたよエース。ならもうちょっとガマンする!」
エースがまたそれにかえすように頑張るといいながら、それでもテンションが抑えられないのかくるくるとゴシックのスカートを揺らめかせて踊る。
衣服はモルゴースがすべて選んでいるせいかエースもサイファもどちらかといえば貴族主義、ゴシック系といわれるらしいものだがこれは街にたいして浮いているんじゃあなかろうかとも思わなくはない、ちなみに俺も似たようなのを着せられている。モルゴースの趣味は時折どころではなく理解ができない。
一応、微笑ましい状況なのかどうなのか。先ほどからコールブランドは聞こえない程度にくすくす笑っていやがるし、どうにも調子がくるって仕方がない。
「ようやくらしい対応ができるようになってきたなぁ、ダーリンよ」
「真顔でそー言ってくれるなよモルゴース、一周回って寒気がするぜ」
「おやおや、相変わらず我が夫は冷たいのう。せっかくの休暇なのだから我も甘えたいぞえ?」
「……ハニー?」
「なんじゃダーリン? ……いややめよう、これは想像以上に堪えるわい」
「おまえ……」
モルゴースが珍しく爆笑する、なんだよまったく。恥ずかしいじゃねえかよ。こらサイファとエース、によによしてんなって、ちげーって、どこがラブラブだこのどこが。
あーまったく。
さっさともう進もうと頭の中身を切り替えて港の方角に進む、港には『声配』と呼ばれる通信機がありそこから遠方に連絡が取れるのだ。
一応ジェシーにすぐつながる番号も知っている、挨拶というのはそこで行うつもりだ。来てるぜっていうだけだが。
ついでにここらのマフィアを牛耳っているマーフィとやらにも会えたら好都合なんだが、そこは運しだいといったところか。
にしても。
ここが麻薬漬けにされた街だとは思えないぐらいには、丘から見下ろす眺めは絶景だ。
白塗りされた建築と港らしい市場の屋根の川、きらきらと照り返して見える青い水……海というものは控えめにいっても美しい。俺自身港町の出身ではあるが、その時はもう絶望の真っただ中、海なんてただの塩の水だった。その後で視力も失って、やけくそになって、それどころでもなくなったが。
こういう光景を前にする時だけは、刃をうしなってでも視界を取り戻してよかったと思う。
もったいないじゃないか、少しだけだが。
「ねぇサイファ、あれお船かしら、すごいかっこいいわ!」
「エース、前見て歩いてよ。危ないよ」
先を歩く双子が指をさす、海のほうに白い鋼の船のようなものが港に向けて泳いでいるのが見える。見たことのない造形だ、帆のようなものも見えない。あんな船がこんなところにあるものだったか? ボールスの隠し玉というわけではないだろう。あそこはあくまでもボウガンと薬草国家だ、機械技術ではオーグニーには遠く及ばないはずである。
なら、あれは異国の船か?
「……様子がおかしいな、全員走るぞ」
「競争ね! 負けないんだから!」
「えぇ、また負けるのはやだよ」
異国の船がそのまま速度を緩めずに突き進んでいるのは錯覚ではないはずだ。
何かが起こる予感がする、いままでのとは違う。急なことじゃあない、予兆の波と音が聞こえてくる。
「あなたも変わったのう、……さ、港に一番についたものが勝ちじゃ! ゆくぞ!」
あぁ、これがトラブルというやつか。