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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
2-10:グレイスダウン
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悪夢。

 強い雨音で目を覚ます。

 薄暗い天井をぼうっと眺めていると、しばらくしてけたたましい目覚まし時計の音が聞こえてきた。今日は土曜日なのにセットを外すのを忘れていたらしい、と思ったら単に時間がズレているだけだった。

 随分損なことをしてしまったと身を起こして、投げやり気味にアラームを止める。梅雨時の空はまだ日も見えない、暗いままだ。

 冷ややかな空気とけだるさだけを裂いてリビングに出る、無論誰もいない。

 どうせ一人暮らしみたいなものなのだ、あの人は今日もまた帰ってきていないし平和はいいものだ。飼っていた猫は一年前に死んだ。それ以後、獣の臭いはすっかり消えてしまったが寂しさだけは加速するどころか、もう慣れてしまった。随分と薄情者に育ってしまったものだ。切実にそう思う。

 天気予報を眺めながら、冷蔵庫の中に残っていた夕飯の残り物だけで遅めの朝食を済ませる。

 今日は、一日中雨らしい。

 憂鬱だ。

 冷蔵庫の中身はほぼ空っぽ、昼はすっぽかすとしても夜の分は買い足さないといけない。面倒くさいけど自分しかいないのだから仕方がない、やれやれと傘をさして買い物に出かけることにした。

 

「……。」


 随分な雨量なのか、道路わきなんて水だまりで溢れかえっていた。それを時折車が引いて、泥水を跳ねさせる。

 薄暗い中を財布と肩掛けバッグだけ持って歩く。雨を弾く傘はやかましく音を立てては、どんどん重みが増していく。大通りを抜けて、コンビニを無視して、大きな横断歩道を越えていけばもうすぐだ。

 どうにも周りがざわついている気がするけども、この近くにはゲーセンもある。いつものことだろうと無視して、青信号を待つ。

 一歩、踏み出す。

 鉄がひしゃげるような音が鼓膜の寸前まで響いてくる、不思議と世界は遅く見えて、時間が遅く進んでいって、ただ音の場所へと目を向けると大きな鉄塊が目の前にまで差し迫っていた。足は動かなかった。視界が真っ赤に侵蝕されていく、めきめきと嫌な音が大きくなって大きくなって大きくなって──つぶれる音がした。


/


「セージュ、おおーい、セージュ。生きてるかいや死んでたっけ、まぁいいや、カームラーン王ー起きろー」

「……。」

「おっとここにキミの端末が」

「悪 戯 は そ こ ま で だ」

「あ、起きた」


 セージュ=アーベルジュ・カムランはすぐさま飛び起きてジェシーの手の中にあった端末を奪い取った。

いきなりなんてことをしてくれるんだと言わんばかりの睨みを飛ばし、飛ばされたジェシーは「お前本当に好きだよなぁ、それ」と苦笑交じりに爆弾発言を落とす。

 勝手にのぞかないでくれよとセージュがふてくされるように座りなおすと、急に動いた反動からか頭を抱えた。

 

「随分うなされてたみたいだけど、大丈夫か? やっぱり連続で貿易会議はきつかったか」

「……ジェシー、僕いつから意識がなかった?」

「ラスト五分のあたりで首が落ちてたな。まぁ、ほら、セーフだって」


 ジェシーの台詞の半分過ぎたあたりからセージュが頭を抱え込んでうめき死ぬような声を出しはじめたが、ラスト五分で落ちたとはいえ会議はほぼ終わっていた、そこまで悩むことではないと思うのだが

 彼は妙に自身のミスに関しては過敏なところがあるらしい。こればかりはどうにもならないらしい。

 

 月祭から三か月、比較的緩やかに壊歴の大陸はいままでのペースを取り戻しつつあった。

 伝承派随行の連中は一旦なりを潜めるつもりか、どこかに隠れてしまったようで現状大きな被害が出るまで放置状態に。

 相変わらず腐敗者は沸いているが、今沸いているのはわずかに紛れ込んでいた生粋の本物が生み出してしまったもの、もうすでに取り込まれてしまったそれらを狩るために、ボールス国を中心に捕喰者たちの活動拠点もようやく出来上がった。

 大きな変化があったといえばブリテン国の基盤譜面サーバープログラムが再構築されたことによって、ストーリーマスターとも呼ばれていたらしい誘導者、干渉者の影響が大幅に遮断されたといったところか。

 ここらへんは分かるやつにしか分からない話なので、ジェシーにはよくわからないが、とりあえず「理不尽な災厄」はそう多く湧き出ることもなくなったということなので安心はしている。

 概念的な大きな変化はあっても、身近なところはそう変わっていない。そういうところである。

 それはとてもいいことなのだが、「理不尽ではない面倒ごと」からは逃げられないわけでして。


「無断で外の技術や知識を持ち込んで広めているやつがいるなんて、下手をしたら僕たち濡れ衣だよ……」

「俺にとっても胃痛だよ……」

「ジェシーにはいつも外のことで苦労かけさせてごめんな……」

「切実にゴールしたい」

「死線の先にしかゴールテープが見えない」

「目の前には書類しか見えないし」

「「とてもつらい」」


 グレイスタウンを中心に、かなり面倒くさいことが起こっていた。

 どうにもどこの誰だかも分からない無法者が周囲の人物たちに自身の持つ知識や技術を無断で与えてしまっている、つまるところ、王の知らないところでまた勝手に技術を進歩させて力を強め始めているのだ。

確かに外の大陸の技術はすごい、だがそれは管理が統一されてこそだ。

 以前から壊歴に出入りしている冒険者たちはあくまでも知識や技術は「自身が使うのみ」だ、セージュが統括する冒険者たちは知っているのだ、外の技術がどれほどその土地を狂わせてしまうのか。

 発展するといえば聞こえはいい、だが過程をすっ飛ばした発展はもはやただの狂いだ。

 ぶっちゃけ、ジェシーの故郷であり、ボールス領の末端に位置するグレイスタウンは今までもこれまでも悩みの種だった。

 長らく根付いたマフィアたちの絶妙な力関係はいまでこそ安定化しているが、それは羽根がのっかかるだけで崩れ去るようなものだ。そこで羽根どころではない重みをもつ外の技術が入ってしまったら、また以前の街に逆戻りだ。

 そうなりかねないことを、どこからか湧いて出てきた「無法者」が平然な顔をしてやらかしてしまっている。

 ジェシーにとっても、セージュにとっても最悪も同然だった。

 

「ただでさえ旧式銃器の輸入制限で手間取ってんのにどうすればいいんだろうな、グレイスタウンはどこに向かってるんだろうな」

「いっそ機動兵器でも墜落して来たらいいのにね」

「オーグニーみたいになー」


 二人同時にため息をつく。異説同盟でも個人でも苦労が絶えないせいで、いつの間にか愚痴仲間になっていたのは言うまでもない話だ。

 すると、急に会議室の扉が開く。何事だと顔を上げればルーク隊の隊長が顔を真っ青にしながら飛び込んできた。

 

「ジェシーさん!」

「三行」

「グレイスタウンに」

「うん」

「未知の船をもった海賊が」

「……うん」

「突貫してきました!!」

「…………泣いていい?」


 ジェシーには斜め上すぎる展開に、もう顔を覆うぐらいしかできなかった。

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