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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
2-09:セカンドギア
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牙折。

 無声ユダ悪魔セラフは機械の塊であるがゆえにその気配は零に等しい。

 それは物質に作用することで目標を絞る調律を満足に施すこともできず、それ以上に気配を手繰るという最大の手段が封じられるというものと同義である。だからこそそれは悪魔セラフと同じ名を持つのであろうと……分枝指揮を任された【エクター】は意識回路の隅でそう思う。

 戦況は拮抗している、しかしそれは四人がかりでようやくということでもあり苦境ということを逆説的に肯定している。

 降りかかる威圧に削り殺されるような痛みは幻のようで実害のある幻痛、まるで喉の管に冷たい鉄を流し込まれているような感覚は指示と調律補助を施し続けるエクターの喉を焼くどころか凍らせ砕いていく。底冷えする冷気、殺意よりもなお性質の悪い悪魔の「処理」はエクターが初めて死の淵にまみえる敵にしてはあまりにも凶悪すぎた。


「エクター! エクター大丈夫か!!」

「だ、大丈夫であります!! ッスモーカー殿前、前!!」

「えっ──うおおおおおお!?」


 調律と共に思考に沈みかけた意識をスモーカーの声でなんとか浮上させるエクターだったが、彼の前方にみえた閃光に声を飛ばす。

 悲鳴に近い声と共にすぐさまその場を跳んだスモーカーは無事だったが、数秒前に彼が立っていた場所に突き刺さるように無声ユダ悪魔セラフが場を移している。──危なかった、あのままいたら彼は体のど真ん中を撃ち抜かれていたんだろう。

 悪魔のその異常な瞬発力には息をも殺す、一体どんなものを積んだらこんな速度が出るのだろう。しかもその外見が聡明そうな美しい女性の姿をかたどっていることも相まって恐ろしさは倍増する。

 だが恐れてばかりもいられない、着弾地点から動くまでに時間がありそうだと踏んだグラッジとローディの判断を後押しするようにエクターは隔てた思考を回して二人に追い風を送る、グッジョブの声と流れるような一対の剣戟が鋼の火の粉を散らす。

 傷は入っているはずだ、そこに追い込みをかければ必然的に防御は割れるはず。なのだが考えが甘いのか相手がそれ以上なのか手ごたえは浅いのだろう、反動のダメージがエクター自身にも反ってくるのが証明だ。

 

「脚本ヲホダス者、舞台ヲ崩ス者、──世界ニハ、不要ダ」


 声ともいえない声が雑音をばら撒くように宣告を落とす、悪魔の背に取り付けられているらしい翅が開けばそこから光の糸のようなものが絡まり爆音を立てて降りかかる。光の糸にみえるものは内容はどうであれ熱の塊、しかし熱を発しているならばエクターにとっては何ら問題はない。


「来るでありますか……! 三人とも今のうちに!」

「無理はすんじゃあねえぞエクター!」

「無茶ならもう通しているであります!!」


 射程外に退避しその先の行動を行く仲間の背から視線を外し、エクターのみに矛先を向けた光熱の糸は目視も難しいほどの速度を持って急降下を見せる。

 しかしエクターは逃げる選択肢を捨て、両の手に握りしめた柄の存在を確かめつつも大きく振りかぶるために腕を振るう。遠くの重みに引っ張られるような感覚に意識をそがれそうになるが、もはや慣れたもので床に縫い付けるような踏ん張りが重力を制御して見せる。そうしてぐるりと一周回るソレを、熱線に向けて振り下ろす!


「主に返すであります──よっ!」


 熱線とうねりを持って振り回された鉄塊が接触する、破裂するような音が弾け熱線はその軌道を捻じ曲げ主である悪魔の元へ反っていく。悪魔自身に己の術を跳ね返すような術はないのかそのまま熱線は無声ユダ悪魔セラフの身体に降り注いだ。

 鉄の焼ける臭いに顔をしかめながらも、エクターは速度を失った柄のついた鉄塊……即ち鉄槌を構え直す。

 即席の魔力を統合し作り上げた鉄塊は兄フラットから伝授されたもの、冒険者の織続けた技術は教えられた当初は身に余るとすら感じたが今だけはよくわかる、兄は愚弟に気を使ってくれていたのだ。お世辞にもあまり頭のよくない弟にでも分かりやすいモノを、その中できっと最大の即戦力を手渡してくれていたのだろう。兄が生きて帰れた暁には礼をしなければいけない。


「ぶっ壊れろォ!!」


 先行していたローディが背後に潜り込み双剣をクロスさせるように連撃を穿つ、無防備となっていた背に生えている翅が割れるのを確かにみるとそこに追撃をとスモーカーが銃剣キャリバーンの一閃を叩き付けた。

 盛大な硝子の割れる音と悲鳴、あのうっとおしいほどの熱線を吐き出していた翅が砕け散る。そして翅の根元に向けて銃声が空気を震わせる、最奥に控えたグラッジの弾いた引き金が迎えた弾丸が閃光の花と散れば着弾、傷に食い込んだらしく悪魔はうなるような機械の雑音を高らかに響かせた。

 視界に捻じ込まれた白字の情報をすぐさまエクターは読み込む、部位破壊を意味する言葉の羅列を認識してすぐさまに叫ぶ。


「もう少しであります!」

「っしゃあ押し通すぞ!!」


 士気の上昇を熱で感じ取ればすぐさま思考を折り曲げ調律に集中を割く、まだまだ自分の回路は壊れてはないでありますぞと言い張るように押し通すように、通常のものならばすでに疲労困憊であろう仲間の疲労をなんとか中和するよう治癒の音を紡ぐ。

 エクターの持つ調律はひたすらに防衛に特化したものだ、攻撃性のあることは出来やしないがそれですべてが決まるわけではない。

 応用だってできる、というよりもするしかない、しないとどうにもならない。

 攻勢に追いかけるように叩き込んでいく思考を落とし込み、声は声ではなく音として響く。

 

「排除、ス、r……ッ!」


 動きを止めない悪魔はその脚を床に食い込ませながらも立ち上がる、だが正直これ以上異質な動きをされてはこちらが持たない! 

 動きを縫いつけてしまえと言わんばかりに素早さでは群を抜くローディが宣言待たずに斬りかかる、破裂音が響かない、ということはと後追い思考が追いつくころには悪魔の顔面がエクターの眼前にまで迫ってきているじゃあないか。

 

「しまッ──!?」


 対応ができない、雷光が視界を眩ませて頭の中がまっさらにやり直しだと告げられる。

 名を呼ぶ声が聞こえる、声が潰されてどうにもできない。緩やかな時間に暗くなる視界、冷静を気取った思考が「あの攻撃には耐えられない」と至極淡々と答を出す。それではだめだと叫びたくとも叫べない、時間が、ない。

 見開いたままの瞳が焼き焦がされる、先行する痛みが回路を焼いた。



『あいかわらず詰めが甘いな、エクターは』


 

 兄の言葉が脳裏に喰い刺さる。



『手段はあるんだ、あとは、それを忘れないだけでいい。お前はそういうところは長けているんだ、自信を持てって』



 時に傲慢であれ、愚弟。

 パニック寸前で危機による思考の熱が、急に冷めたような気がした。

 

「(そうだ)」


 手段なら、あるじゃあないか。

 詰り物が消え去った管に流れていく情報の羅列はもう読み込むまでもなく、エクターの決断はそう悩むまでもない。

 単純な話、逃げ切れないのならば、避けきれないのならば、耐えきれないのならば。

 耐えきれるようにしてしまえばいいのだ。


/


「エクター!」

 

 スモーカーが叫んだ時にはとうに遅かった。

 油断していたというよりも、意識から外れてしまっていたといってもいい。すでに最前線に立ち続けているスモーカーやグラッジ、ローディに悪魔セラフは食らいついているものだとばかり思いこんでいたせいもある、だが熱線を跳ね返した時からヤツの目標はエクターに指定しなおされていたのだ。それに気が付けなかった、大きなミスだった。

 一直線に突っ込んでいった悪魔の動きにエクターは対応できるはずがない、死にはしないが死にかけるかもしれない、焦りが余計な思いを寄せて足を鈍らせてしまう。一歩、その一歩もまた大きなミスだったのだろう。だが。


「止めたっ!?」


 無言ユダ悪魔セラフの動きが制止していた。

 呻るような風の音が響いてくる、この音は、エクターのもちいる調律の音だ。しかしスモーカーはもう思考を流すことさえ放棄して動きの止まった無言ユダ悪魔セラフに銃剣で斬りかかる、もう、状況に構ってなどいられない。調律の音が鼓膜にまで届くということは理屈はどうであれエクターは相当の無茶を通しているのだ、ならば、時間はもうかけられない。

 だがそれでも急いた刃は弾かれてしまう。

 

「グラッジ! ローディ!」

「分かってる!」

「先行しろ! 合わせてやらぁ!」


 三人の攻撃の矛先が一点に重なると共に、刹那の瞬間に弾いた音が戦闘終了の鐘と重なった。

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