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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
01:視認偽装。
11/134

脈動。

「だーもう! 何なんだよこの街はよぉ!!」

「ね、ねぇエディン? やっぱり此処来たのまずかったんじゃ……」


 前略、エディン=メディールは寒々しいベンウィックの裏路地にて全力で迷子になっていた。

 いや、迷子になっているのはエディンのみではない。青い髪をした、背に奇妙な弓を背負っている連れの仲間、セージュも巻き込まれる形で迷子になっている。仲間といっても、セージュはチンピラに絡まれているところをエディンに拾われ、そのまま引き摺られるがままにやってきているだけだった。


「街が迷路になってるから悪いんだ! ったくもう少しマシな作りしろよなぁっ」


 さてこのベンウィック、石造りなのはよくある街なのだがその構造がかなり厄介だ。

 ベンウィックは別名蟻の巣、城や大部分の城下街は全て「地下に存在する」のだ。その昔、炭鉱を目的に作られた大穴を利用して再構築され、ミルフィーユのように何層にも区切られた街。その一層一層が細かな通路と空気口が張り巡らされ、いっそもう巨大な蟻の巣だといっていい。

 現状エディンたちが迷子になっているように、土地勘がないと目的の場所に移動するのですら手間取ってしまうのだ。


「ちょっと、待っておくれよ、ボク、そんなに、持久力ない……」


 へろへろとなったセージュが息切れしながら言う。エディンが直感のみで街を走り回っていたため、必然のようにセージュはすぐダウンしてしまうのだ。セージュの体力がないのか、エディンの体力がありすぎるのか。きっとどちらも原因だろう。だが先ほどから街の様子が慌しいのもあって、エディンも焦っているのだ。


「セージュ……オマエ男ならもう少し体力つけとけよ」

「走ると、泳ぐじゃ、勝手が違うんだってば……」

「オマエは魚か!」

 

 こんなことをしている暇なんてねぇんだが。立ち止まったエディンは、舌打ちしながら何個目かも分からない標識を睨む。オーグニーからの攻撃を受けている今、街には兵士たちが警戒の目を光らせている。相手は気まぐれで有名なロト王らしく、彼の隣に厄介な人物が控えていることもエディンは知っていた。エディンの目的は、その隣にいる人物なのだ。

 

「今、どこらへんだ?」

「多分二層の、外殻区……」


 先に手に入れておいた地図を見ながらセージュは答える。

 もっとも緻密に書き込まれた二層外殻区は、その通り最も複雑な構造をしている。簡単に言えばスラム街なのだ。正直に言ってしまえば、エディンとセージュは第二層でずっと迷子になっている。何時間もかかってようやく、外に近い場所へ戻ってきた。だがそれでも門はみえない、門に到達できればあとは待つだけだったのだが。とりあえず大きな広場に前まではやってくることが出来たようだ。

 しかしその広場に尋常ではない殺気を感じ、エディンとセージュはとっさに物陰に身を隠す。


「あれは……」

「待ち構えてる、みたいだな」


 物音を立てないように広場をのぞけば、そこには赤い髪を揺らして大剣を構えて、何かを待っている少年がいる。エディンには彼が何者かが分かっていた。ロト王だ。オーグニーのロト王がそこにいる。何かを待ち構えて、あそこでじっと待っている。何を待ち構えているのかは分からない、だが確かにそこにいる。

 エディンはふとセージュの背負う弓を見た。その奇妙な弓……カレドヴールッハは、仄かに光を放ち震えているように見える。共鳴しているのか、久しく出会う同胞に恐れを抱いているのか、セージュはその反応を感じたのか冷や汗を落とす。何かが此処で起きようとしている、その確信染みた予感を受けて二人はその場から離れようとする、が。


「ん……?」


 遠くに裏路地を駆け抜けていく足音に、エディンは確かに耳にした。目線を向かわせれば、路地に一旦足を止めて何か確認している人物が三人。一人は冒険者だろうか、兵士には見えないが背に剣を背負っている。もう一人は背の低い使用人の服を着た少女、少々場違いな雰囲気もある。

 

 ──そして三人目は大きな白銀の杖を抱えた、ぼろぼろの外套を羽織った少年だった。



/



 アーサーは、これは戦ではなく冷戦に近いと感じていた。

 全面的に抗うわけではなく、一つの奇策で全てを終わらせる。その水面下は吐いた息すら凍るような寒さを抱いている。石畳によって作られた迷路の要塞、そこを強行突破で終わらせにくるロト王。あくまでも勝つことに賭けたバン王。その背を押したのは間違いなく、アーサー自身だ。

 相応の責任と危険を背負わなければいけない。いや、背負うのだ。これは当然の義務でありアーサーが出来る役割なのだ。だから、あくまでもこれは自分の意思だ。カリバーンを抱えながら思いを固めていく。失敗は、出来ない。


「……はぁ」


 冒険者リーヴたちとバン王で組み立てた作戦には、彼らが集めてきた情報を使えるだけ使っている。ありったけの情報を纏め上げ、奇策をという名の活路を見出す。客観的な立ち位置にいるアーサーが出来る唯一の頭脳労働だった。

 さて前提条件として、今回の攻撃の内訳に人間は一人、機械が沢山ということになっている。詳しく言えばオーグニーの持つ機械兵器と、ロト王という極めて単純な組み合わせなのだ。ただ機械兵器のほうが一体一体べらぼうに強いということもあり、それら全てを破壊していくのは無理だ。

 結果的に、制御を行っているロト王を潰すといういうだけでは至極簡単な、もっとも難解な勝利条件になっている。


『あのロト王が持っている剣、あれは要注意だな。細かいことはまだ調査してるが、ありゃ何でも斬れる魔剣だ』

『聖剣じゃねえの』

『聖剣コールブランドだと呼ばれてるっすけど、魔剣でいいと思うっすよ』

『……バン王、もしかして実は滅茶苦茶怒っているのか?』

『そりゃあ、ねぇ』


 ロト王と対峙する際において最も警戒すべきなのが、何でも斬れる魔剣コールブランド。理屈は関係ない、とにかく何でも斬ってしまう。だがカリバーンだけは斬られてもその効果を受け付けなかった。バン王はその理由を知っているようであったが、今その情報は必要ないと判断したらしい。アーサーとしては気になったが、今は理屈よりも結果だ。

 これだけ言えば落とすことは難しいと思えるのだが、ロト王には弱点がある。


『あ、知っている方はいるかと思いますが、ロト王は盲王の名の通り、盲目の病に掛かっています』

『それ初耳なんだが』

『いや噂はあった』


 盲目。目が見えないのだ、それもまったく。

 だからこそあの時、先にエイトへ標的を絞ったのだろう。だからあの時、違和感を感じたのだ。

 目が見えないのなら、視覚からの情報がないのならば彼が頼れるものは絞られる。それは音だ。あの時は声を頼りにこちらへ斬りかかってきていた、そして音を感じ取るのは耳だ。耳からの情報だけで彼はこちらの立ち位置がわかるのだろう。だから視覚優位の脅しやハッタリは通用しない。極端に迷いがないのはそういう事情があったからなのだ。

 しかしそれは単なる弱点に終わらず、勝利に繋がる突破口となる。


「アーサー様、大丈夫ですか?」

「……大丈夫だ。エイトのほうはどうだ」

「万全です、いつでもいけます」

「なら安心だ」


 その突破口へ到達するためにも、アーサーが受け持つ役割……「囮」は必須だった。

 バン王には流石に止められたが、唯一あのコールブランドの攻撃に耐えることが出来るカリバーンを持つアーサーが適任なのは明らかだった。それに、ロト王はやたらアーサーへ、カリバーンへ執着を強めている。どう足掻いてもこの位置は自分しかない。……アーサー自身が生餌になることに、アーサーは自分から志願したのだ。辞退する気は最初からあるわけがない。

 ただ、カリバーンにまた無理をさせてしまうのが気がかりではあったが。


「目標捕捉、……機械共はいない」


 同行してくれた冒険者リーヴ、メビウスは広場の様子を伝える。作戦開始時にバン王からロト王へある言伝を流していたのだ。一対一で決着をつけよう。その一言だけを。

 これは全てロト王の思考回路を読みきって選んだ言葉だった、こういえば向こうは必ずやって来る。

 アーサーは一度大きく息を吐き、静かに空気を吸い込んだ。大丈夫だ、大丈夫。

 皆に配られた懐中時計の針が、約束の時刻に到達する。



「──作戦開始だ」



 アーサーはカリバーンを握りなおし、静かに広場へ歩き始めた。

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