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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
2-09:セカンドギア
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決意。

 月夜から注ぐ当てのない害意が深夜零時五分前の空気を焼く、眼下では既に一般人にとっての月祭が灯す光が淡くも静まり返った夜を照らし、それを見下ろす者たちは皆それぞれの思いを白い肌の下に隠しては五分前という緊迫の時間を屋根の上で過ごしていた。

 一時的に晴れさせた空に透けて見える空中の逆サ城チャリスの牙は、まるで月から来る魔物のようにも見えてくる。あまり長く見ていたいものではないとスモーカーは周囲の仲間たちの様子をうかがうように目線を飛ばすと、その異質ともいえる闘志に一瞬だが息をのんだ。

 誰もが最短距離で牙にたどり着けるように、そして大多数の本命である牙とは別の「月の裏側から來る魔物」の距離を取るために冒険者や傭兵たちは祭り会場の広場を中心にとり外周を掠るように立っていた。その数、少なく見ても壱百。相も変わらずその人種は様々で人間はともかく、中には亜人種やそもそもが人型ではないものも見ることが出来た。

 だが驚くことに、だが当然のことに彼らの表情はスモーカーが今まで見てきた冒険者の印象をひっくり返すほど違っていた。

 どんな時でも彼らは彼ら自身の感情や表情を一定に保ち続けていた、ある意味最強ともいえるマイペースなものがほとんどだった。現にこれまでもこれからも彼らは自分の歩くペースを崩そうとはせず、誰とも足並みを合わせるということはしない。それは捕喰者たちも同じことで、誰もが自分の鼓動の為に歩いていく。そんな連中であるとスモーカーは今まで思っていたことは事実である。


「(あゝ、この人たちは)」


 しかし、今の彼らは。

 まるで水で圧迫されるような緊張が肌を縛り、息つく音すら鼓膜を擦る。心臓につながる管が独りでに引き締まる感覚が全てを脳神経に繋げて感嘆の息をつく。

 目の前に共に肩を並べて同じ戦いに並び立つ彼らの気迫や、それらが取り巻く雰囲気が言葉はなくとも物を言わせてはこれが本気の戦いだと警告を鳴らす。一人ひとりがどれほどの力を持っているのか、どれほどのことをするのか、どれほどの経験をしてきたのか、スモーカーには分からない。

 だが、今一つだけ本能が理解を告げる。

 


 ──彼らは、決意に満たされている。



 言葉に出来ない感情が心臓を満たすのをスモーカーは感じ取る、決して嫌なものではない心臓の鼓動が聞こえてくるのはきっと、自分は高揚しているのだろう。

 どんなに戦い続けてもどんなに歩き続けても、どんなに自らの自らだけの道を行こうとも決して辿りつくことのできない最高の舞台。皆が皆命賭け、下手をすれば牙と月の被害でたくさんの人が死ぬ。大きすぎるリスクはきっと壱百ですら背負いきれないことも分かっている。

 しかし今はその無茶な賭けをしている天秤にでさえも「上等だ」と言い張ることが出来るだろう。


「緊張してるな」


 肩を軽く叩かれ振り返った先には、祭りの上昇気流にその特徴的な青い髪を揺らしては煩わしそうに手で押さえているローディがいた。彼もまた少し前までのかなりラフな装備ではなく、完全に連戦を想定した鋼糸のコートを羽織り、ところどころ装甲を付けた戦人の姿となっている。まるで別人のようにも見えてくるが、その少し気の抜けた態度はそのままだ。

 スモーカーはさてどう返そうかと行き詰っていた息を吐き、向きなおることもなく視線は空に向けた。

 

「別に」

「そう強がるなって、あんた今回初参戦だろ。仕方ないさ、誰だってそうなる。俺だって最初は結構緊張したもんぜ」


 たんたんと語りながらも歩いていくローディがそのまま振り返らずにスモーカーの前へと出た、下から溢れる光に照らされその背は黒く暗く陰って見える。明らかに年下の少年の背のはずなのに、それはまるで歴戦の戦士の背のようにも被って見えてくる。

 スモーカーは「お前でも緊張するのか」と控えめにその背へ問う。

 ローディはその問いがどこか面白かったのかおかしかったのか、肩を竦めては「ははっ」と無邪気な笑い声を漏らしながらこちらへと向きなおった。顔でこそ茶化しているようで、しかしその琥珀色の透き通った瞳はどこも歪まずに、確かにスモーカーを見ているようだった。


「今でも緊張しまくってるぜ、これでもな。でもワクワクするだろ? 俺はそれでようやく此処に立っていられるし、だから来ようって思えるんだぜ。──あんたはどうだ、スモーカー」


 試すような口調で、尚且つ遊びにでも誘うような空気で。

 だがその意味を考えたところで、スモーカーは途端にそれが馬鹿らしく思えてきた。一応これは発破をかけているつもりなのだろうか、されるまでもないと言いたいがもう一歩討たれてしまった。まったく一歩二歩先回りをしてくる嫌な奴である、しかし今はその先回りに感謝する。背を蹴飛ばされる衝撃は些か精神に悪いが、焚き木に落す種火にはもったいないほどだ。

 この心臓を焦がすほどの傲慢と恐怖と、言うならばすなわち浪漫。

 目的がために否定する理由は、どこにもない。

 

「心配無用だ、楽しんでこその団体戦だろ?」


 久しくスモーカーはにやりと口角を釣り針でひっかけたような笑みを見せる。

 それを見たローディは一瞬きょとんとしたような顔をしたが、それでも納得したのか少年らしい笑顔を見せた。


「もうじき時間だ、向こうも準備できたみたいだぜ」

「向こう?」


 ローディが顎で示したの先にいたのは騎士らしい出で立ちで此方へ合流するために歩いてきているエクターと、煙草を噛みながらもいつも通りにしているグラッジの姿があった。二人はこちらに気が付くと、グラッジが「忘れ物ないだろうなぁ」と茶化してくる。


「ねーよ、此処まで来て何を忘れるんだよ」

「んー、ワクワクとか?」

「今さっき拾いなおしたから大丈夫だ」

「おーおー流石、ローディは仕事がはえーなぁ」

「あんたが遅いだけだって、グラッジ」


 そう話していると鐘の音が鳴り響く、時間を告げるその音で皆が皆自分の得物を手に取る音が聞こえてくる。無論スモーカーも、ローディも、エクターもグラッジも。それぞれの得意武器をその手に取る、四人の持つ武器は以前のままに見えて全く違ったものになったのをスモーカーは目敏く理解する。

 全員本気の武器と装備、これから始まる戦いに最も相応しい光景に自身も含まれていることにスモーカーは誇りに思う。


「月祭の始まりだ」


 誰が言ったか言わないか、その一歩は確かに皆が踏み出した音だった。

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