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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
2-09:セカンドギア
107/134

月祭。

「ねえちゃん、どこ……?」


 橙色をした提燈が照らす夜の道を少年が怯え足ながらも歩いていく。

 普通はこんな時間に起きていたらお母さんに叱られるものだけれど、今日だけは特別で今日だけはお姉ちゃんと一緒なら遊びに行ってもいいよと言われていた。

最近は雨が多くて、しかも雨が降る日はバケモノが出るから外に出てはいけないと言われていたから余計に少年はそれを言われた瞬間とてもはしゃいだ、はしゃぎ過ぎて姉に叱られたけれど。此処のところ急に恥ずかしく感じるようになったけれど、暗闇の中だから分からないだろって思って手を繋いで歩いていた。

 でも、結局途中で通った商店街のところで繋いでいた手を離してしまって、少年はいわゆる迷子だった。

 大通りは「お祭り」でとても人がたくさんいたけれど、一人ぼっちになってしまっていた少年にとっては沢山の人がいるだけで何か分からないが恐ろしかった。こんな時はいつもいつも姉に「泣かないの、おとこのこなんだから」と言われるものなのだけれど、今は結局ひとりだから何を言ってくれるわけじゃあない。

 普段は一人じゃ滅多に歩かない裏通りに迷い込んでしまって、どこへ行けばいいのかも分からずにさまよい続けてどれぐらいの時間になったのか。お祭りがはじまる前に姉に会いたい、でも、その方法が少年にはよく分からなかった。

 夜だからなのか不思議なことに雨は晴れていて、でもずっと降り続けていた雨のせいで滑りやすくなった道が提燈のあかりを反射して、何も明かりをもっていないけれどそういうことに困ることはなかった。けれどさっきから裏通りには知らない、不思議な空気のお姉さんやお兄さんが忙しく行き来していて何も知らない少年の心を不安を煽っていく。

 ふらふらと先の覚束ない足で歩いていく少年の不安は、今にもはち切れそうだった。


「おい、どうした少年。会場はそっちじゃないぞ?」

「ひゃあ!? だだだ誰だ!?」


 まるで膨らんだ風船が破裂してしまったような勢いで少年は驚き、思わず声をかけられた方角へと振り返った。

 これまた不可思議な雰囲気の、お兄さんだった。片手で小さなランタンを抱えて、でもその腕には少年の憧れでもある騎士がつけるような籠手をつけていた。もしかしてとよく見ると二つ剣を下げている。膝下まである大きなマントに身を包んだ、騎士みたいだけれど騎士とは違う、何とも言えない人物だった。

 声の主は「誰だとはまた酷いな」とランタンを持っていないほうの手で頭の後ろのほうを掻いて、ちょいちょい、と手招いた。


「道、教えてやる。ついてこい」

「……でも」

「何だ、脚でも怪我しているのか」

「…………知らない人にはついて行ったら駄目だって、ねえちゃんが……」


 その人は一瞬キョトンとした顔をしたと思ったら、「はは! それもそうか、お前はいい子だな」と笑った。少年はどうしようかと迷っていた、この人は多分悪い人ではないとは思うけれどそう思っていないだけかもしれない。でも逃げたところでまたさらに迷うだけだ。どうしよう……ねえちゃん、変な人に見つかっちゃったようだ。


「名乗るまでもない、って言いたいところだったんだけど仕方がない。名乗ってやる、俺は……」

「──アーサー様ー! 一体いつまで隠れ鬼をなさるおつもりですかー! 早くお戻りくださいー! ガウェインは怒っていませんからー! ランスロットが怒ってますけどガウェインは怒っていませんからー!!」


 その人はそう得意げに何か言おうとしたのだけれど、遠くから聞こえてきた大声を聞いて固まってしまった。

 どうしたんだろうと少年が首を傾げていると、その人は「少年、名乗るのはあとだ。ちょっと散歩をしよう」といい軽々と少年を持ち上げて文字通り跳んだ。あまりに自然な流れで少年も気が付くのが一歩遅く、次の瞬間には屋根の上だった。


「うぇ、あ、うわあああああああ!? 何、え、何なんだよぉおおおお!」

「あっはっは悪い悪い、いい子は嘘をつきたかないだろう! ちょっと移動したら祭りの会場まで案内してやるから大丈夫さ!」

「そういう問題じゃあないいいいいいい」


 初めて見る屋根の上の世界にドキドキしながらも、お兄さんに抱えられながら少年は叫んだ。しかしそれでも少年は恐怖よりも、奇妙なことに楽しみのほうが上回っていることにどこかで気が付いてしまっていた、揺れる視界で酔いそうになるけれども空に揺らいでいる魔法の明かりが星の海のようにも見えて、その中にいるような感覚がどこか、いや、お母さんから貰ったプレゼントの箱を明ける前の瞬間によく似ていた。

 街の中央、光が集まっている場所へ向けてその人は屋根の上を軽々と跳んでいく。たまに他にも屋根の上に立っている人がいて、通り過ぎる時に何か短く会話をしているのを少年は聞くことが出来た。会話の中身は分からなかったけれど、この人はもしかしたら有名人なのかもしれない。それか物凄く友達が多い人なのかもしれない。


「ま、まって、ちょっと降ろして! おれも跳びたい!」


 少年はふと思ってそういってみた、自分出来るかなんてわからなかったけれど、それよりも先にこの星の海を中をちゃんと見てみたかった。抱えっぱなしで跳んでいたその人はその声が聞こえたのか、ある程度の所までいったところで立ち止まった。平たい屋根の上だった。

 屋根の上はやっぱり道以上に滑りやすくなっているようで、少年は離された瞬間につるりとこけそうになる。「危ない」とその人が腕を掴んで、ギリギリこけることはなかった。


「跳びたいっていうが……えーと」

「『トール』だ!」

「トールくん、これはちょっとどころじゃあなく危ないぞ。俺は慣れているからいいけれど、キミはまだ」

「ちょっとだけ、ちょっとだけ! そ、それに上からならねーちゃん見つけやすいかもしれないし……」

「えーと……少し、待ってくれ。……どうしようカリバーン」


 勢いで名乗ってしまったトールは言われたとおりに少し待ってみた。その人は髪に隠していたのか、綺麗な耳飾りをつけていた。それに手を当てて何か喋っているようだった、誰と喋っているんだろうと考えてみる。何も見えないし妖精か、精霊なのだろうか。

 妖精ならもしかしたらこの人は絵本に出てきた妖精の騎士なのかもしれないと思うと、トールは心臓がうるさくなるのを感じた。

 【妖精の騎士】は姫様を守るために戦う英雄だった、妖精の騎士は勇気があって、心優しくて、誰からも愛されて、とにかくカッコいいのだ。少年トールもまた妖精の騎士を目指す夢ある子供の一人なのである。

 今日はお月様のお祭りだ、きっと、月の女神様が何か悪戯でもしちゃったんだ。そうトールは思い込んだ。


「仕方がないな。会場につくまでだからな、あと、絶対誰にも言うなよ。約束だぞ」

「言ったらだめなのか?」

「あー、うん、えっとだな。誰かに言ってしまったら魔法が解けて、そのことを忘れてしまうんだ」

「分かった! おれ誰にも言わないよ!」

「…………純粋って怖いな」

「え?」

「いんや何も! じゃ、行こうか」


 妖精の騎士はランタンを持っていないほうの手を差し出してきた、トールはその手を不思議そうに握るとふと身体が軽くなったような気がした。

 妖精の騎士が「せーの、!」と掛け声と一緒に跳ぶ、トールもつられて大きく一歩を踏み出した。まるで足の下にバネがあるんじゃないかと思うぐらい、ぽーんと跳ぶことが出来た。温かい風が頬を撫でて髪を揺らして、妖精の騎士の手は冷たかったけれど握るその力は強かった。

 魔法なのか跳ぶたびにに綺麗な鈴が鳴るような音が響いて、トールと妖精の騎士は真っ直ぐにお祭りの会場である中央広場まで屋根の上を跳んでいく。

 長いような、一瞬のような体験に思いを馳せていると「着いたぞ」と妖精の騎士が会場より少しだけ外れた通路にまでトールの腕を引っ張った、もうちょっと跳んでいたかったトールだが姉を探さないといけない。しぶしぶ腕を引かれるがままに通路へと足をついた。


「で……トール。お前は姉さんと逸れてしまったんだったか?」

「う、うん。大通りではぐれて、えっと、お祭りやる場所は姉ちゃんが知っているから、その」

「会場にいる可能性のがあるか。あー分かった分かった、探してやる。探してやるからそう涙目になるな、此処まで来て置いていったりしないから、な」

「……! ありがとう、妖精の騎士さん!」

「ん゛……!?」


 歓喜高まって呼んでしまったことに妖精の騎士はすごく息が詰まったような声を出した、どうしたのだろう。何か詰まってしまったのだろうか。

 トールはふと思い出す、そうだ、妖精の騎士は騎士でも魔法が得意なのだけれどそれは本当の名前を呼ばれてしまったら解けてしまうのだ。だから妖精の騎士の名前は誰も知らないし、そもそもは妖精の騎士はそう呼ばれてはいるけれど基本的にこっそりしているものだ。


「え、あの、もしかして秘密、だったのか?」

「い、いや……あー、あー……えー、と、だな。うん、良く見破ったな。でも俺がそうだってことは絶対に言っちゃ駄目だからな、さもないと」

「魔法が解けちゃう?」

「そ、そーだそうだ」

「でもどうして此処に? 湖の宮殿のお姫様は?」

「…………じつはの話なんだがな、今宵の祭りにはその姫様が遊びに来ているんだ。だから俺は正体を隠して、姫様を狙う輩がいないかを確かめるために見回りをしているというわけなんだ」


 妖精の騎士は事情をトールにそう教えた。トールはその話を聞いて、少しだけ申し訳ない気持ちになってしまっていた。妖精の騎士は多分忙しいのにトールを祭りの会場まで連れてきてくれた、それに姉も一緒に探してくれるという。本当にいいのだろうか。

 もやもやとした気分が肺の中を埋めていく感覚に耐え切れず、トールは素直に聞いてみることにした。


「どうしておれを助けてくれたの?」

「妖精の騎士は困っている人を見捨てるような人なのか」

「ち、ちがう! 妖精の騎士は困っている人を見たらすぐに助けに行くカッコいいヒーローだよ!」

「そういうことだ」

 

 ぐしぐしと頭を撫でられ、トールはくすぐったい気持ちになる。

 妖精の騎士は「ほら、探しに行こう。多分お姉さんも探しているだろうしな」と言ってトールの手を引っ張った、トールもそれにつられて祭りの中へと向かった。

 お祭りの屋台が並ぶ広場を妖精の騎士と一緒に歩いていく途中でトールはいろんな人に会った、妖精の騎士の知り合いのようで赤い髪をしたお兄さんや綺麗な声をしたお姉さん、はたまたトールと同じぐらいの男の子にも出会った。皆トールに優しく接し、トールの姉を探す手伝いをしてくれた。

 ただちょっと不思議なことに赤い髪のお兄さんや男の子は妖精の騎士にはニヤニヤ顔で話していたけれど、お友達なのかと聞いてみたら違うらしい。不思議な人だなあと思いながら屋台の間をすり抜けるように歩き、そうこうしてちょっと疲れたかなと思った頃。


「ねえちゃん!」

「トール! もうどこに行っていたのよ! 心配したじゃない!」


 トールは姉に再会することができた。姉も姉でずっとトールのことを探し回っていて、足が泥だらけになってしまっていた。トールはずっと一緒に姉を探してくれた妖精の騎士のことを紹介しようと思ったけれど、妖精の騎士のことは言っちゃダメだと約束していたので近所の知り合いのお兄さんということにして紹介をした。姉はぺこぺこと妖精の騎士に頭を下げて「ありがとう」と言った、妖精の騎士は困ったように「どういたしまして」と笑ったみたいだった。


「合流出来て何よりだな、もうはぐれるなよ。これからもっと騒がしくなるからな」

「うん、もう手を離さないよ! でしょ、ねえちゃん」

「もうトールったら……。手伝ってくださり本当にありがとうございました、どうお礼をしたら……」

「お礼なんていらないさ、どうしてもっていうならこの【月祭】を楽しんでいってくれ。それ十分だ」

「……! はい!」


 会場の外へと去っていく妖精の騎士の背をトールと姉は手を振って見送ると、遠くで鐘の音が響き届いた。

 振り返ってみると時計塔が見える、日付が変わることを示す鐘の音が澄んだ音を立てて鳴っている。すると夜の空に大きく花が咲いてまん丸の月が万華鏡みたいに不思議な色で輝きだした、──月祭の始まりだ。


「行こ、トール。せっかくのお祭りなんだもの、あの人が言った通り楽しんでいこう!」

「うん! 行こう!」


 トールとその姉は、手を繋いで月祭の光の中へと一歩踏み出していった。



/ 

 


「楽しんでくれないと、祭りを使った意味がないらしいからな……」


 妖精の騎士は裏通りに逃げ込み背をもたれながらため息をついた、子供の純粋さには時折冷や汗を駄々流しにするほどの恐怖を感じる時がある、それが今さっきだ。

 カリバーンがたまたまではあるが絵本の内容を知っていて助かった。おかげで正体も変に勘ぐられるわけでもなく、綺麗な子供の幼少期の思い出になることもできただろう。


『結構さまになってたよ、妖精の騎士サマ! ふふ、ああいうアーサー様も、アタシ大好きだよ』

「かんべんしてくれ、もう二度とやりたくない」


 ロトに完全に見られたし。

 祭が本格的に始まる前に少し国としての様子を見ておこうかと思い散歩に出たのが不味かったのだろうか、妖精の騎士を演じざる負えない状況下に置かれてしまったアーサーは柄でもないことをしたと頭を抱える。一人でふらふらしている少年の姿を見かけて、気まぐれで助けてやるかと思っただけだっというのに。

 まったく人助けなんてするもんじゃあない。

 ──会場のほうが騒がしくなった、月祭がはじまったのだろう。

 ふと空を見上げると、前日には新月だったはずの月が煌々と満月として煌めいている。冒険者たち曰く、あれは月ではなく月の形をした魔物なのだそうだ。


「……月の裏側から來る魔物、か」

『怖いね、うえから殺気が降り注いでくるなんて』


 恐らく月の光の影に隠れた空中城チャリスの牙落しも、もうすでに開始していることだろう。地上に残った冒険者たちが時折人気の消えた場所へと屋根上を介して移動していくのが見えている、出来れば自分も戦いたいが生憎今のアーサーの戦場はそこではない。さて、そろそろ城に戻らねば。


「──託してやるよ、異邦人バカ共」


 地味に国の存亡の危機に、その命運を預かるのが異邦人達であることにすこし歯がゆい思いを感じるが、それもまた一興とアーサーは自らの戦場へと歩を進めた。

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