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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
2-09:セカンドギア
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断章/机上論を具現化させるは我が精鋭。

 牙落しのメンバーとの顔合わせも無事終わり、開始時刻までまだ時間があるということで各自自由行動になった。こういった大規模な作戦には作戦会議がつきものだが、今回ばかりはスモーカーはあえて何も情報を耳に入れないことを選択する。

 どうにしろ何が起こるかなんてわからない、こんな状況で奇策をうつというのは無謀を通り越して自殺行為だ、戦線指揮リーダーフラッグを担当するアキトもそのことは重々わかっているつもりなのだろう、作戦会議には敢えて強制参加を出さなかった。

 攻略の中心軸になるのは主に腐敗者討伐に秀でた捕喰者の班とアキトの率いる外部システムによっての補助に長けた札遣いたちの班だ、その二つの班以外、つまりは冒険者とそれら傭兵たちは状況によって動きを変えていく必要がある。

 しかし最初に聞いた情報を無意識に鵜呑みにしてしまう、そういうタイプの人種もいたりするわけだ。だったら何も聞かずに真っ新な状態から開始、進行をするほうが本人にとっては効率的という話なのである。

 スモーカーはどちらかといえば先に情報があったほうが安堵するタイプではあるが、それは単独での場合のみ。今回はチーム戦、仲間がいるのならば物事は一つに集中するべきであろう。そういうわけでスモーカーは図書館を一時的に抜け出し、かといってそう遠くへはいけないので図書館の屋上テラスに移動していた。


「よっ、今回はよろしく」

「おうグラッジ。同じチームだしな、背は任せるぞ」


 屋上にはすでにグラッジが一服しているところだったらしく、なし崩し的に合流する。

 月祭の開催は日付の変わる瞬間、二十四時ピッタリだ。牙落しもまた同じ時間に開始になる。

 夜が弱いメンバーは先を見越して仮眠をとったりしているが、スモーカーは仮眠はあまり好きではないしどちらかといえば熱が回りだすまでに時間のかかる人種だ、眠ろうとは思わなかった。

 祭の直前だからか小雨にも関わらず商店街は未だに賑わっているようで、人のざわめきががやがやと聴こえてくる、一般人からしたらただの祭なのだし仕方がないと言えば仕方がないか。確かにスモーカーは数回あの場にいたことはあるにはあったが、あの頃は冒険者が裏でこんなことをしているとは思ってもみなかった。

 月祭の本体戦はベテランとも言われる冒険者が核となって死力を尽くす本気の勝負と聞く、心配することはないだろうが冒険者たちの真剣勝負というものはどういうものなのかを知らないスモーカーはそういった意味でも興味があった。かといって、今の自分のやるべきことを投げ出すまでではないが。


「ううう……自分はもう駄目かもしれないであります……」


 湿気を纏った生ぬるい風の中にそんな弱気な声を聴き、スモーカーは何だとその方角を向く。すると屋上の隅のほうでレインコートを被ったまま膝を抱えて俯いている人物を見つけた。声の感じや現状を考えて、どう見ても傭兵たちの分枝指揮グループフラッグを任されている『エクター=マリス・ベンウィック』その人だろう。


「おおい、エクター。そんなところにいると腹冷やすぞ」

「はっ!? あ、あぁスモーカー殿にグラッジ殿でありますか、自分は大丈夫であります、これでも頑丈さには自信がある故」

「胃はぼろ雑巾みたいだがな」

「そこは言わないでほしいでありますローディ殿」


 するりと自然に会話に入ってきたのは、同じチームに組することになっている青い髪をしたローディという青年だった。

 奇しくも屋上には同じチームとなる人物全員がそろってしまったらしい。

 さてこのエクターの様子にさすがのスモーカーも見かねて、エクターを屋根のある休憩スペースまで引っ張り込むことにした。これで雨はしのげるだろう、風はもう慣れているしベンチもあるから問題はない。


「随分と緊張しているみたいだが、大丈夫なのか?」

「……自分は大丈夫ではないであります」

「正直でよろしい」


 しけった木のベンチに腰掛け、柄にもなくエクターの話を聞いてやることにする。ローディとグラッジも話は聞くつもりのようで別のベンチに座りながらもこちらは意識しているようだった。

 まぁ、今の場合スモーカーにはいくつか彼に対して疑問もあったので丁度良かったのだ。

 エクターはどう聞いても考えてもあのベンウィックとの関連がある人物、下手をすると王家の血をもつ人物だ。それがなぜこんなことに巻き込まれているのか、目的はなんなのか、色々聞いてみたかった。


「誰に命令されただとか、そういう訳ではないのであります。牙落しへの参加は……いえ月祭への協力は、自分が自分で決めたのであります」


 エクターは本当に正直にここに来た経緯を話した。

 彼にとっての兄、とはいっても血は繋がっていないらしいフラット=バン・ベンウィックがブリテンに降りかかっている、そして降りかかろうとしている災厄に対して自身も対応するべきだろうと行動を開始、エクターはベンウィック国を守るべくそのまま国に残って活動を続けていた。

 

「あの、鼓膜が破れそうになるような『音』が響いた日に、国に侵入していた大勢の魔物たちが次々に引いて行ったのであります」


 まるで、波が来る前兆のように。

 魔物にとほとほ悩まされていたベンウィックの国民たちはそれに驚きも喜んではいたが、エクターは違っていた。どちらかといえば恐ろしかった、何事もなかったかのように、先ほどまで嬉々として命を奪おうとしていた魔物たちが背を向けて去っていくその姿が。

 得体のしれない恐怖は不思議と自分とは全く違うものを見ている兄、フラットのことを思い出させたそうだ。

 フラットは冒険者に近い精神を持っている、総じてそういうものとして称される冒険者にしか見えないこと、見えていないことがあるとエクターは無意識のうちに知っていたのだろう。


「兄者は言っていたのあります、今私が国に留まり続けていては、いずれ民をすべて失うことになるのかもしれないと」

「それでブリテンに」

「はい、……国には父上とそれを支える騎士たちがいます。魔物が引いた今、自分が動けるのは今しかないとそう思ったのであります」

「お前案外しっかりしているんだな」

「こ、これでもベンウィック家の端くれ! これぐらいは当然のことであります!」


 正直なところ、スモーカーは彼の思考回路の発達具合に驚いていた。

 この大陸に住まう人々はあまり外の大陸との交流はするにはするが、思考回路というものはかなり単純になっている。それは大陸に仕掛けられた脚本の支配によるものだが、そういえばもうその脚本の支配という体制は崩されている。

 恐らく『音』、噂に聞くアーサーがしでかした結界の解除とそれに伴う大陸を覆っていた意識の呪縛の解除の本質をエクターは本能的ではあるが理解しているのだろう。だからこそここまでの行動に出ることが出来た、考えることが出来た。

 全体的に堅苦しいイメージのエクターだがその年は恐らくスモーカーよりも下回るはずだ。本来あるべき好奇心と冒険心、それを大きく支えている義務と王家の誇りが今現在目の前のエクターという人物を構成しているのだろう。

 誰にもわからないところで影響は確実に姿を見せている、それは良い予感も悪い予感も引き連れていた。


「しかし……自分は不安であります。戦術の心得は一通り学んでいますが、皆の、指揮を執るなんて……」


 またエクターはその大きな両手で自身の顔を覆ってうめき声に近いため息をついた。確かに不安だろう、普通はしないことだろうし指揮を執るということも初めてのはずだ。特に指揮という役割はスモーカーだってやりたくない。

 だが現在なってしまった以上は頑張ってもらわないといけない、少しアドバイスぐらいはしてやるべきなのだろう。

 

「まぁーそう重く考えなさんな、指揮と名がついているとはいえ一人で戦うわけじゃあねぇんだ」


 そう思った矢先、グラッジが割り込むようにそう語る。

 分枝指揮といっても全ての責任が彼に押し付けられるわけではない、むしろ分枝指揮を担当させるのならば他のメンバーは全力を持って指揮担当を補佐しその過多な重圧を肩代わりする役割がある。何のためのチーム戦なのか、考えれば答えは明白だ。

 今回のチーム、グラッジもローディもそのことが分かっているようだった。


「いいかエクター、あんたはどう進めば被害が一番少ないか、それだけを考え続けるんだ」


 ローディが至極シンプルに指揮の基本を教える、グラッジが悔しそうにローディを見ているあたり台詞を取られたのだろう。

 しかしエクターは俯きがちに「ですが自分の知る戦術は、殆どが机上論であります……」と尻すぼみ気味に訴える。ローディはやれやれといった表情で肩を竦めた、何となくだがスモーカーは察知する、今回多分すごく難しいと。


「それでもいいんだって、机上論だったとしても今回のメンバーはそれをやれる。だから出来るかどうかなんて考えなくていい、それは俺たちの仕事なんだ」


 な、そうだろ? とウインクをかましてローディはグラッジとスモーカーへある意味牽制を叩きつけた。

 こいつ地味にハードルあげやがった、主に経験者のみに関してのハードルをガン上げしやがった。しかし、そうも言えないしそんな強気なことを言われたら乗っかってやろうじゃあないかと意気込んでしまうのがスモーカーである。乗せられるのは癪だが、仕方がない。


「そうだな、エクターは前を向いて進む道を教えてくれればいい。道は俺が拓く」

「あっスモーカーずりぃ、一人でかっこつけちまってよぉ」

「なんだグラッジ、その程度の自信もないのか?」

「はっ阿呆かお前ら! 言っておくけどなぁ俺は殲滅戦のエキスパートなんだぜ? いいだろうやってやるぜ、安心しろエクター、障害は全部俺がぶっ壊してやる!」

「あーあー自分でハードルあげちゃって、すっ転んでも知らないぜ」

「ローディてめぇにその台詞は吐かせねえぞ!?」

 

 漫才のようなノリに思わずスモーカーは笑ってしまう、こいつらこれからすることが分かっているのだろうか。分かっているからこそ今のうちに気を抜いているのだろうが、気楽なものである。あぁまったく。


「スモーカー殿、ローディ殿、グラッジ殿……! 分かったであります! このエクター=マリス・ベンウィック、必ずや最善手を打ってみせるであります!」


 エクターはようやく前向きになったようで、吹っ切れたような表情でそう宣言する。堅苦しさは抜けないが緊張は程々に収まったのだろう、その様子にスモーカーは安堵する。これで雨が降っていなければ最高なのだけれど、これから晴らすのだから問題はない。

 グラッジがふと思いついたように手を一つ、ぱんと叩く。ああこいつ何か企んでいる。


「よーし、じゃあここからは各自腹割って話そうぜ。チームを組むんだ、互いのことも頭に入れておかないとな!」

「グラッジ、それ、ただの個人的趣味を聞きたいだけだろう」

「お堅いなぁスモーカーは。ローディもエクターもいいだろ?」

「俺は別にいいぜ」

「じ、自分もよろしくお願いするであります!」


 久しく賑やかに他愛ない話で盛り上がる。メビウスのことで内心結構焦ってはいたが、そうだ、任務を楽しまないでどうするスモーカー。

 メビウスもきっと無事だ、会いに行ったときどんな顔をするのか大体見えているがそれでもいつもと違う顔を見せるより、いつも通りに迎えに行ったほうが向こうだって安心してくれるだろう。

 必ず助ける、そして、牙落しも成功させる。傲慢なぐらいでちょうどいい、そういうものだろう。メビウス。

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