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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
2-09:セカンドギア
104/134

寓話。

 年号という概念のないこの大陸では数字で時間を固定できない以上、どれぐらい前かと言われても表現することは難しい。しかしそれが在ったという事実だけは変えようもないことだったとベーグルは語った。


「あるところに、魔王と勇者がいました。魔王は世界を滅ぼす存在と言われ、勇者はそれを退治することになりました」


 ありきたりな英雄譚、寓話的な昔話のような語り手口調に何かしらの糸を感じながらもスモーカーは黙ったまま話を聞き解くことに集中する。

 ──スモーカーは血露戦争が何かと問われ、すぐに答えることはできなかった。この世の中名の残る戦争は数多に存在するが故似た名前のものもなくはない。だがスモーカーが答えにどもったのは似た名前が出てきたわけではない、むしろ全く初めて聞く名だった。冒険者や旅人とはまた違う類に分類されるスモーカーがもともと世界に流れ出る情報に疎いことは確かではあるが、聞くからにしてかなり凄惨なものだったはずだ。なのに、その単語にはまったく引っ掛かりがなかった。

 

「勇者は旅立ち、人を救い、長い旅路の末に魔王と戦い国に帰った。これで皆幸せだ、勇者はそう思っていた」


 戦争ともいえない話をベーグルは続ける、曖昧な記述の多い伝承と似たようなものだが疑問に思うものも多い。 

 ありきたりすぎるのだ、彼らが語るに語るならば。少なくとも彼らが知り得ているならばどこかで干渉している、冒険者が関わっていておいて事が拗れずに物語が決着するなんてことはそうそうない。身綺麗すぎる物語、ご都合主義、不快な潔癖症の言い分のような気味の悪さがそこにはある。


「しかし勇者は何故か勇者として処刑され、世界は一向に平和になどならなかった」

「……処刑?」

「あぁ、首をばっさりと」

「見てきたように言うんだな」

「実際見たからな」


 さらりとすごいことを言ってのけたぞこの娘。


「お前は平和にならなかった理由が分かるか?」


 確認の意味合いが強い質問のように感じた。さて少し考えてみるかとスモーカーは暫く熱を失っていた脳回路を叩き起こす、登場人物は魔王と勇者、名前があるのはこの二つだけだ。展開は王道、よくある話である。だったら尚更魔王が討伐されたならば平和になってめでたしめでたし、でいいのだろうが。


「……魔王は退治されていない、いや、勇者は魔王を倒していないのか」


 何も言わないということは正解なのだろう、思考を続ける。

 勇者の話は今は置いておこう、まずは魔王はいったい何をしたのか、何を持って魔王としたのだろうか。今まで語られている魔王というものは大概何かしでかしているものだが、そもそもの話これはいったいどこに視点が置かれているのか。考えるまでもない人間側だろう、だったら尚更なぜ。

 ふと幼いころに聞いた父の話が脳裏を過る。


「ベーグル、まさかと思うがこの寓話の以前に本格的な災厄か領土争いでもあったのか」

 

 人は災厄や疫病などが頻繁に起こるとあるようでない原因を人以外の脅威に押し付けることがある、

のちにそれが本当の悪魔として出てきたりすることもあるが結果はどうでもいい。人は理由なしでは信じることも難しい生き物なんだと父が語ったそれは、スモーカーとして今まで見てきた争いも戦いも何もかもが肯定している。   


「よくその発想が出てきたな、当たりだぜ。本当を言えばそっちのが『血露戦争』だ」

「内容は」

「資源争いを発端にした領土の奪い合い、伝承派が湧いて出てきたのもそこらへんだ」


 寓話は寓話、血露戦争は恐らく領土の奪い合いのことを指しているのだろう。そしてもっというなれば寓話も実話だ、それらすべてを取りまとめて『血露戦争』。恐ろしい名をつけるものもいるものだ。

 ベーグル曰く凄惨な戦いの多い戦争だった、稼ぐよりも先に気が触れるヤツのが多かったとろくなものではなかったのだろう、だが内容だけは本当によくあるモノだ。似た話や経験をスモーカーは腐るほど知っている。がしかしよくあるものであっても被害は被害、かなり酷いことになっていたはずだ。発端が資源争いだったならば余計に。


「人は飢餓と疫病を魔王のせいにした、全く関係のない魔王を倒しても結局はどうにもならない。元から平和はないから、そもそも平和は成立しない……か?」

「お前どんな頭の回路してるんだ、冒険者向いてるぜ、なるか」

「やめろ、俺はまだまともだ」

「ログには何もないな」

 

 まだまともだって、まだ。まだ。

 ともかく正解だったようだ、にしても酷すぎる話だ。これは誰が悪いと言われたら人間のほうに非がありすぎるだろう、魔王と勇者が完全にとばっちりで同情すらしたくなる。凄惨すぎるといってもいい、だがそんな戦火に巻かれた大陸が今ここなのだ。

 何となくではあるがスモーカーは理解する、現状まだマシなほうなのだと。土地に染みついた狂気は雨が降っても降っても薄れることがない、歪んだわけじゃあない、この大陸はもとよりそういう形をしているのだ。だから狂っているわけじゃあない、しかしそれこそが歪み。

 性質の悪いやつがいるな、と純粋に感じ取る。

 しかしここまで考えて、未だに話題に出ない単語がある事に気が付いた。


「雨には何の関係が?」

「勇者が処刑された後の話だ、俺たちにとってはこっちが本番だったがな」

 

 勇者が死んだ次の日から、一日も絶えずに雨が降り注ぐようになったらしい。雨は強弱はあるものの途切れることはなく、異常な雨量でモノは腐り森は地滑り、生き物も大抵のものが死に絶えて戦後というにも地獄絵図だったそうだ。

 さらには降り続く雨の音で気が触れるものも続出し、そちらもそちらで手が回らない。事実上歴史の崩壊だった。

 

「雨のせいで冒険者の中でも壊れて脱落したやつが出てな、今までそんなことはなかったこともあってか色々酷かった」


 介錯なんて初めてやったよ。

 その一言が全てを物語っているようにスモーカーは思えた。そして冒険者がこの雨を嫌う理由もまた、今でようやく理解する。

 同士討ちが引き起こされた原因に似ているものに対して嫌悪感が拭えないのは人として仕方のないことだ。

 城を隠すだけなら雲だけでいい、しかし雨まで降らせてきた伝承派には結構、いやかなり嫌な奴がいるのだろう。しかも間接的か直接的に血露戦争を知っている人物だ。

 

「あの時の雨はいつの間にか止んでいたが、その止まった原因も誰も知らないんだ」

「随分と珍しいな」

「あぁ、今考えても血露はレアケースの塊だった。そういえば捕喰者の連中とコンタクトが取れたのも血露からだったな」

「捕喰者の連中が?」

「そうそう、とはいっても創始者が様子を見に来てただけで胡蝶のほうとかはまだ「街」から出られていなかった」


 思えばなんとなくで接している捕喰者たちだが、あれらはそもそも何なのだろう。冒険者は仕組みは理解しているが捕喰者の仕組みはまだ知らない。あまり自分のことを話すような連中ではないから仕方がないのだろうが、あれ人間なのだろうか、いや人間だからあんな風に執念深いのだろうけども。平然と人の夢の中に侵入してくるし、何なんだろう。

 

「しかし、毎度思うが……冒険者おまえら一体何歳なんだ?」


 気にするなと言われ続けて数年、やっぱり気になるのは彼らのことである。一応背を預けることになるのだし、知っておきたいという気分も間違ってはいないだろう。

 冒険者はどこにでも現れ、状況によっては味方にもなり敵にもなる、それはいいとしても彼らは通常一般人が知り得ない事実まで知っていることが多い。彼らが知る歴史と、一般人が知る歴史を照らし合わせれば一目瞭然だろう。多分今までの歴史の教科書が全部灰になる。

 だが会っても会っても成長しているような姿をしたものを見たことがないのも事実だった。


「年の概念なんぞもうないぜ、こいつがある限りな」


 とくに驚いた様子もなく、ベーグルは右腕を差し出すように降ろすとその右手首の上あたりに結晶のようなものを出現させた。結晶と呼ぶには些か色が濁っており、どちらかといえば血晶と呼ぶべきだろうか、魔法の類に見えるがそれはまるで心臓のように脈を打っているようにも見えてくる。


「理屈は今でも研究中だけどな、こいつが出てくる限り俺たちは年を取らないし、まともに平和には過ごせない」

「不死者なのか?」

「そうともいえる、だがそうじゃあない可能性だってある。まぁどうにしたって冒険者は後にくる連中の手助けをし続ける役割だ、ありがたいって思うしかないさな」  


 ふと、雨の音が弱くなる。薄くなった雲の向こうに太陽の光が透けて見え、薄い影を作り出す。そろそろ行くかとベーグルは立ち上がり武器を手に取った、少女の手には似つかわない無骨な傷だらけの手だった。冒険者は皆大抵あんな手をしている、そしてその血も人よりはるかにどす黒いこともスモーカーは知っていた。


「どうした?」

「いや、何も」


 彼らは一体、何度戦火の水を飲んだのだろうか。

 そんなことを考えて、失礼な気がしてやめた。

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