狂地。
「落ち着いたか」
「落ち着きました」
「よろしい」
前略、スモーカー=ベレッタは何故か土下座の体勢にあった。
という冗談は置いておき、場所も変わらず銀の仔狐亭、ついさっき鋸鉈の呆れの鉄拳がスモーカーとラビットの頭部に食い込んだ以外には別段何を言うべきこともない。と一応言うべきなのだろう、スモーカーは切実に痛む頭部を摩りながらも席につき自身のてんぱり具合にさっそくため息をつく。自分でやっておきながら流石に見苦しいところをお見せした、だが俺は謝らない。
「……、」
あぁなんでもない聞き流しておいてくれ鋸鉈さんちょっと調子に乗りすぎましたすいません。
肉弾戦特化といってもいい捕喰者の鉄拳はもうさすがに食らいたくないので、話を進めることにしよう。つまりは状況整理をしよう。
「初歩的なところから質問いいか」
「どうぞ」
「そもそも聖剣ってなんぞや」
だよね、そこからですよね、と覚悟はしていたらしいセージュが眉間を抑えながら俯く。でもその様子を見るからにちょっとは期待していたようだが、八割は説明必須だと思っていたらしくざらっと要点だけを纏めて彼は説明してくれた。
聖剣とは、簡単に言ってしまえば王の証のようなものなのだそうだ。この大陸には多くの国が存在し、その王位継承権の物的証拠として扱われるもの。そしてかつては一つだった大陸の名残でもある。現にバラバラになっているあたり名残というよりも大陸自体の未練のようにも思えてくるが、それはそれだ。
補足すると王位継承権はこの国特有の技術「基盤譜面」の制御権でもあり、つまりはマスターキー的なもののようだ。
本銘聖剣エクスカリバーを基盤にした六つの姉妹武器──大剣コールブランド、弩銃カレドヴールッハ、装爪カルーヴルッフ、大鎌カリブルヌス、双剣エクスカリボール、そして導杖カリバーンはある種の証明として、火種として、この大陸に関わる人物やその聖剣の意志に適った人物を引き寄せては取り込み、そしていつか存在した一つの大国に戻そうと人々を駆り立て、挙句潰しあいを引き起こす。
簡単に言ってしまえば聖剣という武器は仕組まれた殴り合いを引き起こす為の都合のいい引き金だ。
「なんで俺が巻き込まれたのかは……」
「そこにいたからだ」
「無慈悲すぎるわ!」
つまり、スモーカーは全く身に覚えのない国同士の殴り合いに巻き込まれたということだ。とはいっても現在国同士の争いは腐敗者もとい魔族による侵攻によって実質休戦状態になってしまっている。現状こちらの意味合いは薄い、とセージュは語った。
ならどんな意味があるのか、意味なんてあるのだろうか。答えは単純だった。
「不穏分子の監視役なんだと思う、いわゆる聖剣の名を冠する武器ってやつらはね」
この舞台を仕組んだ者、ステージマスターともいえる存在が特徴をつけ把握しやすくするための標。まるで運命とかそういうものを言い訳にして操られているようなものじゃあないか、とスモーカーは思ったが実施そうだったんだとセージュは否定はしない。そういえばセージュもまた聖剣の一つを手にした人物である、忘れがちではあるが。彼はもうそういったことに気が付いていて動いていたのかもしれない。以前であったときと様子がだいぶ違っているのも、そういった事情があったからなのか、どうなのか。真相は闇の中だ。
「以前は全てが小道具だった、でもキミが出てきたからには状況は変わってくる」
「出てきたっていうか引っ張り出されたが正しいけどな」
「その件に関しては私が謝ろう、完全に事故だった」
「事故が故意だった件に関しては……」
「そこの馬鹿を殴れ」
スモーカーは、何の関わりもない言ってしまえば通りすがりのモブも当然の役割に当て嵌めることができる。つまりステージマスターからしてみればスモーカーの参上と参戦は、予定外のもの。しかも通りすがりのモブだというのに舞台のど真ん中、あえて欠けていた【主役】の座についてしまったという修正不可能な事態ということになる。
鋸鉈の捕喰者が加担している勢力からしてみれば、それが狙いだったという。理由は関係ない、ステージマスターを困惑させその高みの見物から引きずり落とす最初の一手、それが偶然にもスモーカーだった。という話だ。実に理不尽な話であるが実際それ以上のことは起きていない、運命などクソくらえだ。いうなればこれが普通なのである、普通のことが異常という時点でこの大陸は結構おかしかったのだろう。
そして、その主役の座に縫い付けるための最適な縫い針が聖剣だった、ということも。
「にしても銃剣が聖剣、ねぇ……」
手にした聖剣はあまりにも無骨な形相をしていることにスモーカーは苦笑する。まるでライフル銃と大振りのナイフを融合させたかのような、いうなればキメラのようなコレがまさかの聖剣の一つだとは、言われない限り誰も気が付きもしないし信じもしないだろう。この誰にも媚びようともしない無骨さはスモーカー本人としては大歓迎ではあるが、どうなんだこれは。剣でいいのだろうか。曲がりなりにも聖と名がついているのに。
「明らかに猟銃の形をしてるブツに対して聖剣って言い張らなきゃならない僕の気持ちを伝えたほうがいいのかな?」
「そうだな! 剣の面影あるだけマシだな!」
先ほど上がった名前にももはや剣の形もないモノもあったことだし、きっとマシだ。そう思うことにしよう、目の前のセージュのためにも。
「……そういえば、こいつ、銘はなんていうんだ」
「多分だけれど、」
──キャリバーン。
銃剣の形を選んだこの相棒になるらしきものの名は、奇異なことに当初のスモーカーの初期目的である人物の相方と似た名前だった。「どちらが本物か偽物か、言うまでもないぜ」とラビットが割り込んできたが今のスモーカーにはよく分からなかった。
「もうどっちが頭おかしいんだか分からないな」
「むしろ、まともなやつが居たか? 外の大陸含めて」
「……いないな!?」
「そういうことだ」
「鋸鉈さん目が死んでるよ」
ともあれ、聖剣のシステムとこの国がどんなに異常な状況に置かれていたかはよく分かった。そしてスモーカーの立場がとんでもなく面倒くさいことも、よくよく理解した。
この大陸からしてみればもう言い訳ができないのだ、運命や悲劇、物語、そういう風に都合よく言い訳するための最大手が封じられた。
それはこの大陸で活動する冒険者も、捕喰者も、挙句の果てには各国の王もステージマスターまでも同じこと。偶然という名を装った必然だという責任逃れがもうできない。自らの足で歩き続ける責任を、当たり前の責任を、この大陸はあえて否定してきたようなもの。でも、もう逃げられないのだ。その退路を塞いだのも、ふさいだ理由もどこにもない。責任は己自身で背負うことでしか許されない。
強いて言う最終目標は遊びを終わらせること。それだけだ。
「現状、どんな幸運も不運も、最終的には自己責任になるってことか。当たり前のことだって言うのにな」
「ステージマスターは阿鼻叫喚だろうね」
「セージュ、お前だいぶ楽しんでないか?」
「これが楽しくなくて何になるっていうのさ」
あ、こいつ本物の肚黒だ。
冒険者は長い旅の中で精神を壊さないようにあえて状況から一歩引いた視点を取るそうだが、こいつはそのうえで楽しんでいる。間違いない。これはもう言い逃れなしに腹の底が夜の海より真っ黒だ。
隣で驚愕と畏怖と敬意を含めた目でセージュを見ている鋸鉈の捕喰者は、まだまともに近い部類のようだが。後ろで騒がしいラビットはもう思考から排除することにしようとスモーカーは誓う。
「簡単にいっちゃえば、キミが誰を敵とみなすかで、盤上は変わるってことだ」
「下手をするとお前も敵になる可能性があるのか?」
「キミが望めばの話だよ。でも、そうなった場合は情け無用で捻り潰すからおすすめはしないよ」
「あくまでもお前が勝つ前提なのな……」
「僕の目の前には対等な人か、それ以下の人しかいないからね」
「想像以上にお前が強くなってしまってもう俺泣きたいよ、あのもっさい村でびーびー泣いてたあの頃の天使はどこにいったんだよ……」
過去の思い出という名の虚像に思いを馳せようとしたが、残念ながらスモーカーにそんな余裕も余地も与えられなかった。
けたたましく音を鳴らす端末をやれやれと開き、通話状態になったらしく仕方がなく耳に宛がう。その先から跳んできた言葉でスモーカーの月祭までの三日間は確定したようなものだった。
「敵、今決まったぞ」
「えっ」
「メビウスが伝承派に殴られて連れて行かれた、よって俺は伝承派を殴る」
唐突な決意表明に対してセージュも鋸鉈も理解に時間を要したらしく、五秒ぐらいの硬直後に鋸鉈が盛大にため息をつきながら顔を覆い天井を仰いでは「すまないフラット……この国もうダメかもしれない」と半分以上涙ぐんだ声でぼやきを零した。