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導師アーサーの憂鬱  作者: Namako
01:視認偽装。
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断章/愚王の決断。

蛇足的な話。新米王フラット=バン・ベンウィックは頭が痛い。

 一瞬だったかもしれない、長かったかもしれない。その最中にフラット=バン・ベンウィックは固定しきっていた考えを再構築していた。いや再構築しきっていないかもしれない、納得も、恐らく完全にはしてはいない。その答えはこの国の先を決め打つことになるのだから。王としては被害が少ない選択をするべきかも知れない。だが、その被害が出る期間をどれほどで決めるのかが重要なのだとフラットは考える。

 素直に負けを認めるのがセオリーなのだろう。先代も、そうしたはずだろう。だが相手はあのオーグニーだ、セオリーどおりに行ったとしても想定内の犠牲で収まるはずがない。だがそれも、セオリーならば切り捨てるべき犠牲なのだろう。

 だが、フラットはその犠牲を犠牲と言う言葉で切り捨てられるほど非常にはなりきれないのだ。

 それでも頭蓋の中で反響を繰り返す声が、決断を鈍らせる。 


 ──王として、どうするべきか。


 先日までその責任の重みを知らなかったフラットには、この選択はどちらにしても重い。

 守らねばならない民がいる。そのために切り捨てなければならない民が、いる。認めれば、白旗をあげれば、楽になれるのだろうか。だが、それは臆病者の、堅実な者の選択肢であることぐらいフラットには分かっている。分かりきっている。だが、それが民が根底に求めるものであるのだろうか。愚直に従い、今までの誇りを捨て、オーグニーに従い仮初の平穏を受けることが?

 民が求めるならば、王は、それに従うべきなのだろうか。

 

 ──本当に求めているものは、なんだ。


 平和か。秩序か。誇りか。命か。

 一つを望んでいるわけじゃあない、きっと全てを望んでいる。少なくともフラットはそう望む。

 それを叶えるにはどうすればいい。

 どうすれば、どうすれば、迷いを振り切れずに思考は悩み、唸る。どうすればいい、あぁ、ここにマーリンがいてくれれば何て救われたことだろうか。


『悩んだときは自分に素直になれ。全力で事を成せば、必ず結果はついてくる』


 賢者が教えてくれた言葉を、フラットは思い出す。

 結局のところ、自分自身の問題なのだ。そもそも此処にいる理由は何だ。

 思い出せ。どうして自分は安全な城から出て、此処にいる? 此処まできた?

 冒険者リーヴに依頼を出すためか? そもそもその依頼は、何を持って考え付いた?


 

 ──勝つ気はあるか。



 アーサー王の言葉が脳裏に突き刺さる。

 彼の目は、きっとずっと向こうを見据えている。マーリンが一目置くように、フラットは彼の思考に戦慄する。

 彼はあくまで敗走という選択肢を捨てる。失敗すればどれほどの犠牲が出るか、きっと分かっていても捨てるのだろう。それはもう迷いもなく、ばっさりと。彼には自信がある、確信染みた、いっそ狂気染みた自信がある。犠牲という命を零さずに、天秤を強引に押し上げる。そんな根拠のない自信が彼にはある。

 傲慢だ。強引だ。それでも、彼は王だ。

 自分にそれほどの自信さえあれば、きっとこんな風にうだうだせずに行動できているのだろうに。自分の無力さが情けない。いや、今は無力を嘆く暇はないはずだ。

 今は、どうするべきか。

 下手を打てばオーグニーとの戦争になるかもしれない。その中での勝算は、計算するまでもなくゼロに近いのだろう。だが、今の状態ならどうだ。今ある戦力と相手の状況、そして目の前にいる「王」。

 直感は告げる、勝てない戦ではないはずだ。

 賭けるか、彼に。

 このベンウィックの未来を。

 賭けるべきか。彼に。

 いや違う、「賭けるしかない」のだろう。


 ──どう足掻いたとしても道は、一つか。


 決断しなければいけない。

 いや、するのだろう。むしろ決断というものほどのことではないのかも知れない。それは決断に似た諦めなのかもしれない。

 だが何が起きても、何が引き起こされても、どうにかするしか道はないのだ。幸い、その道の準備は既に整えられている。

 そしてその先にあるものが死神か、女神か、そんなものは今は知ったことではない。足を止めればどの道背後にいる死神に首を狩られるだけであって、その末路を辿るのは今ではない。それだけだ。

 今は、立ち止まるべきではない。先の見えぬ道を、その先を確かめるために奔る時だ。たとえその足に重い枷がついていようが、這ってでも進むしか道はない。しがみ付いて、ドロだらけになりながらも、今のフラットが選べる道はきっとこれしかないのだろう。

 だったら、答えは一つしかない。

 

「……なるほど、あのマーリンが入れ込むわけだ」

 

 重い閉ざした思考を開き、バン王は閉ざしていた言葉を紡ぐ。

 頭蓋の中で反響し続けていた迷走の声は透過するように聞こえなくなっていて、今は、すんなりと自分の声が自覚できる。

 深く考え、迷うほどのことでもなかったのだ。思考の熱はすでに冷め切って、高揚する思いは既に明確な決意となって心臓を繋ぎとめる。

 真っ直ぐと此方を見るアーサーをバン王は答えを告げる、最大の感謝を心の中で唱えながら。最大の恨み声を腹の底で訴えながら。




 ──さぁ、覚悟を決めよう。




(たとえそれが愚かな王の選択だとしても)

(その決断は確かな質量を持って)

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