死に際の天啓。
何かがおかしいといえば、全てがおかしいのだ。
若き王はため息混じりに語る。
疫病、災厄、魔女狩り……横行する不条理な暴行は、総じて暗黒時代と称されることになるであろう。そんな時代の真っ只中、とある小さな街の広場で彼は今にも天に召されようとしていた。端的にいうなれば飢えのせいである。彼には食事の出てくる席さえもなく、そもそも帰る家すらなかったのだから。
雪が降り積もる広場を一歩一歩進んでいくが、どちらにしろ行くあてもない。周囲の人々は彼の姿が見えもしないのか、ただ雑踏となって過ぎ去って行くばかり。
野たれ死ぬ未来が、着実に近づいてきていた。
「……あっ」
ぐらりと足元が揺らぎ、世界は傾いていく。ここまでか。彼はほぼ無意識に手を伸ばす。冷たい雪たちが手の甲にへばりつき、残り少ない彼の体温を奪っていく。ゆっくりと落ちていく世界に、死神の足音が聞こえる。
──ようやく見つけたよ。
何も掴むことなく空を切るはずだったその手は、確かに何かを得ていた。久しく感じるのは人の温もりだろうか。死に際の幻想か、彼は己が掴んだその先をすっと見る。
「────、!」
目も疑うような、それがいた。
すこし膨らんだ頬は雪のように白く、氷のように透明な肌。そこに降りかかる髪は夜闇に冷たく切込みを入れる三日月のよう。そして嵐を飛び越え、雨に洗い流された大空色の二つが自分を見据えている。この世の者とは到底思えない、あえて称するならば死神のような少女。
そうか。これが死神だ。
彼は思う。お迎えだ、これで終わりだ。これで飢えに苦しむことも、孤独に震えることも終わるのだ。走馬灯に流れる景色も味気なく、人生は此処で終わる。恐らくもっとも惨めに、もっとも哀れに。
「……呆気ないなぁ」
遺言にもなりはしない一言を吐きながら、彼は静かに瞼を閉じる。あぁ、寒い。あぁ、冷たい。あぁ、寂しい。あぁ、嗚呼。これで終われ。真っ暗闇の中、その手から伝わる温もり/幻が早く失せる事を願いながら。
──終わらないよ。
「え?」
凛と響いたその声に、彼は一度閉じた瞼を見開いた。その世界は死後の世界ですらなく、依然として現実は続いているように思える、だが。
彼にとってもっともありえない光景が、そこに広がっていた。
「待っていたぞ、アーサー」
目の前に立っている男性が、そう彼へ言い放つ。
そしてその後ろや周りには、どうしてか彼へ向かって跪く街の人々。だが彼はわけも分からず、その男性を眺めていた。
すらっとしている体格で、いやに背が高い。綺麗に髭を整えてあるその顔は、どこか年が読めない雰囲気で包まれている。だが、その服装が非常に奇妙だ。黒い布地のみを使った体型の分かりやすい、すらっとした服を全身に纏っている。彼としては初めて見る服だった。
「あぁ、この服か? これはスーツという。いかしているだろう」
「は……?」
「まぁそんなことはどうでもいいな。アーサー、私はこのときをずっと待っていたんだよ」
「え、あの、ちょっと」
「その手の中にあるものを見るといい」
よく分からない話を展開してくる男性に気圧され、彼はゆっくりと手に掴んでいたものを見る。
そこには少女の手ではなく、一本の杖がそこにはあった。
それは彼の背丈よりも大きく、白銀によって作られた繋ぎ目のない、美しいという言葉がよく似合う、杖。あまりの美しさに彼は呆然としてしまう。が。
「よく、それを引き抜いた」
男性は容赦なく話を進めていきながら、彼へ跪き手を差し出す。
そうして鋭い瞳で彼を貫くと、こう言い放ったのだ。
「アーサー、お前がこの国の王だ」
その言葉が指す意味を、彼はまだ知る由もない。