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|語らぬ物《ストリーテラー》

 3.語らぬ物(ストリーテラー)


 ブーニヤ族のティモ、とその男は呼ばれていた。所属も出身もはっきりしない、過去のない男だった。判っているのは有色人種(カラード)であること、青い(ブルーアイ)であること、そして    

「ばっきあろ~」

〝止まり木〟から弾かれるように出てきた女は扉に向かって管を巻いていた。すらりとした長い手足を振り回しながらあらぬ方向に罵声を浴びせている。真っ赤なハイヒールを扉に投げ付けると、気が治まったのかぶつぶつと文句を言いながらハイヒールを履き直してふらふらと闇に消えて行った。

 深谷は〝止まり木〟の扉に手を掛け、扉についた傷を撫でた。風がキイキイと看板を揺らしている。

 ノブに手を掛け中に入ると、いつにない賑わいが店から溢れ出た。カウンターに眼を走らす。スツールは一杯で、泉が軽く目礼した。

 ――――――またにするか

 深谷は軽く会釈を返すと〝止まり木〟を後にした。

 ――――――さて、どうする?

 星ひとつ見えない、スモッグで汚れたネズミ色の空を見上げる。独りアパートに戻るには時間もまだ早い。それに何より深谷は疲れ過ぎていた。心地好い眠りを誘ううまい(バーボン)を体が欲していた。

 〝止まり木〟の通りから大通りへ出て南へ下る。筋違いの裏通りの奥に微かな光を見付け、そこに向かう。店の名は〝デューン〟薄汚れた扉には長い年月が刻み込まれていた。

 扉を開ける。饐えた臭いが鼻をつく。清潔な泉の店とはまた違った趣があった。カウンターには褐色の肌をした老人が独り隅に座って、やはり褐色の肌を持つ年老いた主人と言葉少なに話している。

 深谷はカウンターの逆の隅に座り、棚に並べられた酒瓶を眺めた。

 ロック(バーボン)を頼みゆっくりと店内を見回す。古びた柱時計の黄色い文字盤、奇妙なオブジェ、薄汚れた額の中には黄ばんだ写真。

 コトリとカウンターに置かれたロックグラスの音に目を戻す。氷を取り巻く琥珀色の液体に女の顔が浮かんだ。赤いピアスをした白人の、無表情な瞳が挑発するように微かに揺れる。

 ――――――幻覚だ、消えてしまえ。

 目を瞑って一息に琥珀を流し込んだ。

 グラスの中でカランと氷が鳴る。

 隅の男が立ち、何か一言二言主人に話すと店を出て行った。

 深谷は老人の後ろ姿を見送ると、二杯目の酒を頼み、カウンターの中をぼんやりと眺めた。市販のバーボンの瓶の中に見慣れぬラベルが幾つかある。そのうちの一本に目を留め、捜索(サーチ)する。

 その古い密造酒は自ずから歴史を語り始めた。

 どこまでも広い原。遠い灌木。小川のほとりに小さな集落――――――パオだ。インディオが一人風の中に立っている。

 ふ、と捜索から戻り苦笑する。こんなものからすら捜索することのできる自分に驚きながら。

 女を追うことすらできない。顔を知り、ウェーブをつかんでいながらも。

「あんた……探偵(サーチャー)かい?」

 不意に老主人(マスター)が尋いた。

「え?……どうしてだい?」

 曖昧に答えて老主人の出方を待つ。迂闊に身分を明らかにしてはならない。そうさせたのは深谷の警戒心だった。

「そんな()をしていたからさぁね。組織(システム)(もん)がよくするようにな」

 老主人は言って、ニヤリと笑うと深谷の捜索していた密造酒の瓶を手にとり、ショットグラスに注ぐと一息に飲み干した。

 老主人の云う通り、深谷は組織(システム)に所属している捜索者(サーチャー)だった。殊に最近増えて来た非物理的事件――――密室犯罪や足跡を残さない逃亡など――――に対抗するために置かれたセクションの中で働く、調査を専門とする人間。その中でも特殊な能力(ちから)を使って調査・捜索のできる者を特に捜索者―――サーチャー―――と呼んだ。

 深谷の場合は物――――――遺留品から各人のウェーブを割り出し、それを追うことで居ながらにして相手の居場所を突き止める。後の処理は殆どの場合他の者に任せていた。

「どんな奴を追っているんだね?」

 暫くして老主人が尋いた。

「…………」

 深谷の返事はない。

「男かね、それとも女か?」

 老主人は何気なく深谷のグラスに酒を注ぎながら言う。

 女だ、と深谷は思う。銀に近いプラチナブロンド、薄い唇、アイスブルーの瞳、忘れるはずのない特有のウェーブ。何食わぬ顔で無差別にテロを実行し、転移(テレポート)してその場を離れる。深谷も恋人をその無差別テロで失っていた。そして、その事件こそ深谷を組織に参加させるに至った理由だった。

「随分と熱心に聞くようだが捜索者(サーチャー)に追われるような人間が知り合いにあるのか?」

 深谷が尋くと老主人はニヤリと笑った。

「それほど捕らえたいのかね?」

「…………」

 老主人の思惑が読めずに深谷は考え込んだ。

「殺ってしまいたいと思うか?その女を」

「女?」

 弾かれるように目を上げる。褐色の肌には似合わぬ青い瞳に出会った。

「どういう……」

 言い掛けてその質問は無駄だと感じた。老主人は深谷の問いには答えないだろう。だが、深谷には老主人の示す意味を理解する事ができた。警戒する必要もないのだと言うことも。

「老主人――――――」

「わからんのぅ。あんたのような()が組織におるとはの」

 深谷は薄く微笑うと老主人の瞳を見上げた。

「らしくない、ですか?」

 老主人は瞳を避けるようにショットグラスに密造酒を注ぐと深谷の前に置いた。

「というより、組織はお前さんに辛かろう?」

 深谷は肯定とも否定ともつかない笑みを浮かべると意識して老主人の瞳を探りながら尋いた。

「〝ティモ〟と呼ばれる男をご存じですか?」

 虚を付かれたように老主人が一瞬静止する。

 青い瞳が遠くを見るように宙をさ迷い、やがて何でもない事のように聞き返して来た。

「追っているのは女ではないのかね?」

 躱すつもりにしては様子が違った。

「〝ティモ〟がもし実在するなら、と思いましてね」

 試されているのだと感じながら尋いてみる。

「――――――復讐する気なのか――――――」

 そうではない、と否定する。いや、そうかもしれない今となっては……

「〝ティモ〟にもし会えるとしたら私が頼みたいのは――――――」

「女の自由を奪うこと。転移できなくなれば女を捕らえるのはたやすいことだ。それがどういう事か……」

「〝ティモ〟の能力であればそれも可能でしょう。マスター………私はもう、自由になりたいのです」

 老主人は観念したように溜息を付くと、深谷に連絡先を記したメモを渡しながら言った。

「偶然かね?」

 深谷は席を立ちながら微笑うと、密造酒の瓶を指差した。

「物は嘘を言いませんよ」

 老主人は驚いたような顔をして密造酒と深谷を比べ見る。そして、瓶を手に取ると呟いた。

「物は嘘を言わぬ、か」

 代金を払い、店を出ようと扉に手を掛けた深谷は思い出したように老主人を振り返ると尋いた。

「――――――組織は、今でも貴方(ティモ)を探していますよ。それはご存じでしょう?」


 老主人は薄く微笑っただけだった。


 ブーニヤ族のティモと呼ばれた男がいた。褐色の肌に青い瞳。特殊能力を意図的に打ち消す能力を持っている。組織はその能力を恐れ、欲していた。しかし、彼の行方を知るものはなかった。いや、彼の行方を語るものはなかった     



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