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魔払いのミコ  作者: 白雪
第1部 過去の鎖
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第3章 迫り来る足音

「あれ? またここに来ているの?」

 突然聞こえてきた声に、希は軽く首をかしげた。不思議そうな表情を浮かべている彼の 顔は若干赤みを帯びている。

「先生? 顔、赤いけど……まだ熱あるんじゃ……?」

 希たちの希望通り、加賀美天妻が仁に捜査の打ち切りを宣言した翌日、仁は学校を休んだ。風邪だと聞いているが詳しい事は分からない。先生のプライベート事情なんて生徒に は知らされない。

 その仁が翌朝、真っ先に屋上に来た事は希にとって驚きだった。悲しげに目を伏せてい る彼がよく屋上に顔を出す事は知っていたが、病み上がりに来る場所ではな。この屋上 からはあの「白泉女学園」が見えるからなのだろう。自泉女学園は仁の兄、心の過去に繋 がる場所だから。そして、仁がどこまで把握しているかは知らないが、心にとって強い印 象を持つ場所のはずだ。

「熱はないと思いますよ」

 ニコリと笑う彼の顔にはあまり力がない。

「…………」

 ジッと仁の顔を見つめた希は指先をそっと仁の額に当てた。じんわりとした暖かさが指先に伝わってくるが、それは、普通の人の熱。さほど高くはないようだ。

 その心地よい熱と共に指先に鋭い痛みが走った。びりっとした痛みに驚いて慌てて手を離す。この感覚はアレの存在と似ている。でも、同じではない。希では、詳しいことはわからない。恐らく心愛ならばもっとはっきりと見えるはずだが。

「霧島さん?」

 突然の希の行動に驚いたのか、仁が希の顔を覗き込んできた。

「あ……す……すみません。熱はない、みたいけど……病み上がりなのに、朝からこんな場所に来るなんて……」

「すみません。覚悟を、決めるために来たんです」

 スッと強い意志の色が仁の瞳の奥に現れた。

「覚悟……ですか?」

「ええ。締めない覚悟を。つい先日切れしまった糸を、絶対に船ぶ覚悟を」

 詳しいことは言わなかった。それでも希には彼が何を言っているのか痛いほどわかってしまった。

 ズキンと胸の奥に痛みが刺さる。まっすぐなその瞳が今の希には苦しかった。

「なんで……諦めないんですか?何で……そんなに強く……」

 何かを願う事が出来るのか、その問いを最後まで口にすることができなかった。でも仁にはその問いがわかったらしく小さく頷いてその口元に笑みを浮かべる。

「後悔するのが嫌だからです」

 強くまっすぐな言葉は、深く深く希の心を抉った。


「……み、希!!」

 耳元に響いた大音声に希は、ビクリと体を震わせた。ギュッと強く手を握り締める。い つの間に背後に来ていたのか、心愛が希の顔を祀き込んできていた。

「ここ……あ……。どうかした?」

「それ、こっちのセリフ。何か来て……」

 ずらりと並ぶモニターの中で、喫茶店の光景を映す画面を見入る希の視線を追いかけた心愛の言葉が途中で途切れた。唖然というような表情で画面を見ている。

「斉藤仁。何でここに……?」

「今朝、諦めないって言ってたから。……心愛、ごめん」

 希が何の説明もなしに心愛の眼鏡を取る。驚いたように目を見張った心愛の表情が驚愕から厳しいものに変わるのに時間はかからなかった。

「どう?」

 希の問いに心愛が小さく頷く。心愛の目にどういう風に映っているのか、はっきりした事は希にはわからない。ただ、今彼女の目に映っているものが決していいモノでない事だけは分かる。

 魔は、人の闇に取り憑く。人の闇や負の感情を増幅させるもので、強い願いや傷ついた心につけ込む。希はその魔を払う力はあるが、視る力は心愛より弱い。逆に心愛はほんの少しの魔の残り香等でも視る事ができるがそれを払う力はない。

「画面越しだからはっきりとは分からないけと……残達が見える。ただ、今はいないみたい」

「だから、私にははっきり分からなかったんだ」

「多分ね……とにかく、魔の事は、明日確認してみる」

 とはいえ、希と違って全く接点がない心愛が確認する事は容易ではない。それでも、心愛ならきっと確認してくれると思うのは信頼からか、それとも単なる願いなのか。今の希には判断する事が出来ない。

 そんなことを鬱々と考えている希と心愛の目の前で仁が動いた。依頼するときと同じ様にお手洗いに向けて歩いていく。仁の姿が画面から消えた。彼等は隣のモニターに目を移した。案の定そこに入ってきた仁を確認してモニターの音声スイッチをオンにする。

 モニターから仁と美紅の会話が漏れ聞こえてきた

「斉藤さん、あなたからの依頼は終わったと思いますが?」

「聞きました。でも、僕には納得できません。お願いします、捜査を続行してください」

 深く頭を下げる真剣な様子に美紅の表情が若干凍りつく。美紅自身、心愛や希の願いがなければ未だ捜査を続行していただろう。

「申し訳ありませんが、これ以上の捜査は時間の無駄です」

「何故……。時効間際の事件さえもあなた達は追いつめたと聞いています。それなのに……何故この事件だけは無理なんですか?」

「………………………………申し訳ありません」

 かすれるような美紅の声は、仁の問いに答えてはいなかった。その問いに対する答えだ、続行できない理由が「調べたくないから」なんて言えるはずがない。

 真剣な様子の仁に希はギュッと手を握り締めた。胸につかえるとげが大きくなっていくような錯覚を感じる。

「希、アンタが望むなら、私は……」

「何言ってんの?私もあの事件を掘り起こしたくないんだから、馬鹿なこと言わないでよ。ね?」

 ニコリと笑みを浮かべる。それが下手な作り笑いという事は分かっている。何故こんなに心がささくれ立つのかは分からないが、この感情をはっきりと表に出す事は出来ない。この事件を掘り起こして、あの頃のような心愛に戻す事だけは出来ない。

 キュッと俯いた心愛の体をそっと抱きしめる。そうする事で自分の中にある嫌な感情を消してしまいたかった。

「お帰り下さい!!」

「僕は絶対に諦めません」

 強い口調がモニターから溢れてきた。そして、意志の強い声も。希はそれらの声をはじき出すようによけいに強く心愛の体を抱きしめた。


「斎藤先生」

 心愛の声に振り向いた仁が眉を顰めた。恐らく心愛が誰なのか瞬時に思い出して いるのだろうが、それは無理だろう。何せ心愛と仁の側には接点が一切ないのだから。

 心愛は、振り向いた仁の顔を見て小さく息を呑んだ。近くで見たのは初めてだったが、彼は顔かたちだけではなく変囲気があまりに心に似ていた。兄弟とはいえ、ここまでそっくりなのは心愛にはいただけない。恐らく希にとっても。せめて、もう少し似ていなければいいのに、と思う。


 心愛はそっと目を細めて仁の様子を観察した。眼鏡というフィルターのない目には仁の周りに纏う空気がはっきりと映った。普通の人の空気の中に確か薄暗いものが映っているが、それは残り香と同じ類のもので、明日には完ぺきに消えてしまうだろう。

 一体全体どうやって彼が魔を払ったのか心愛には皆目見当もつかない。仁が希と同じように悪魔と契約をした可能性があるが、何となく違う気がする。希と彼とでは纏う空気が異なっている。

「あの……何かご用でしょうか?」

 呼び止めたきり一向に何も言おうとしない心愛に仁は明らかに困ったような表情を浮かべた。

「澤井心愛です、先生。初めて話すので知らないのは当たり前です」

「それで、澤井さん、何か?」

 再び間かれた問いにどう答えようかと眉を撃める。まさか「魔に憑かれていないか確認に来た」とはいえない。すぐに思いつくのは希の話題くらいだ。

「この頃、希……:霧島希の様子がおかしいんです。先生何か心当たりありませんか?」

 友達の相談という形に持っていく。そうする事で少しでも情報が得られればいいとは思うが、逆にいぶかしく思われるだけの気もする。

「澤井さんは霧島さんの友達ですか?」

「はい、幼馴染です。だから……」

 困ったように顔を撃める心愛に仁が申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「すみません、私にはよく……」

 そう言った仁の表情が一瞬曇った。それだけでなんとなく判ってしまう。仁は恐らく希の様子がおかしい原因に思い当たる事があるのだ。だが、心愛はそれには触れない。触れてしまえば、心愛には理解できない何かが目の前に落とされてきそうな、そんな嫌な予感がした。

「そう、ですよね。すみません、気にしないで下さい」

 ペコリと頭を下げて小走りで廊下から走り去った。仁の顔が見えなくなったところで立ち止まり、ホッと息をっく。

 後で、希をダシに使った事を謝らなければならないと思うと、少しだけ憂鬱な気分になった。


「心愛、どうだった?」

 いつも通り屋上に足を運んだ希は、既に来ていた心愛の顔を覗き込んだ。憂いを帯びたような表情で運くを見ていた心愛の方を向く。

「:残り香はあったけど、今はいないみたい」

 希が目を見張る。やはり残り香はあった。だが既に払われた後だったのだ。

「それって、自分で払ったって事?そんなこと出来る人なんてそうそういるわけ……」

 だからといって絶対にいないとは言い切れない。現に希自身がそれを出来るのだから、絶対は存在しない。

「先生も契約者ってこと……かな?」

 希は自分の胸元にそっと手を当てた。そこには、悪魔と契約を交わした証が、何をしても絶対に消えないあざがある。

 強い願いと共にもたらされる悪魔との契約はいいものではない。彼等との契約は得るものよりも失うものの方が多いかもしれない。それでも希は後悔していない。あの時、彼の手を取らなければ心愛は今、ここにはいなかった。

 希が契約を交わしたように、仁も契約を交わした可能性はある。

 そんな希の考えを心愛が瞬時に否定した。

「多分違うと思う。希が纏う独特の空気を先生には感じなかったから。……契約はしていないよ」

「なら、霊感が強いのか……、心が強いのか……」

 恐らくそのどちらともなのだろう。一度払えたのなら今後も心配はないだろうが、それでも兄の死の真相を望んでいる仁がもっと力の強いモノに憑かれないように注意する必要があるかもしれない。

 否、憑かれるだけならばまだいい。気をつけていて払えばいいのだ。でも、悪魔と契約を交わすような事はダメだ。契約を交わしてしまったらもう、希にはどうする事もできない。

 そんなグルグルと回る思考に終止符を打ったのは心愛の申し訳なさそうな声だった。

「あ、そういえばごめん」

 突然謝罪の言葉を口にした心愛に希はキョトンと首を傾げた。

「あの、ね。先生に話しかけた時の話題に“希がおかしいけど、心当たりない?”って言っちゃった」

 ハハハ……と苦笑いを浮かべる心愛をギロリと睨みつける。だが、その希の顔に本気で起っている様子はない。そのことに、ホッとした心愛は、それでも仁の反応を話すことはできなかった。希と仁の間で何があったのか、その答えを知るのが酷く怖い。

 一度家に帰って荷物を置いてきた藤堂の双子はいっもと違って店の方に顔を出した。今はアルバイトの子が入る時間前らしく店主の新藤美紀が一人でレジの側にいた。一瞬驚いたような表情を浮かべた美紀は直に目で端のほうにある机を示す。そこには見覚えのある顔が鎮座していた。

 この頃道場の方で見ないと思っていた仁がここに通っているのを知ったのは、つい先日の事だった。一週間ほど前から毎日顔を出していると加賀美夫妻や心愛たちが辟易した顔をしていた。初めは同乗していたらしい加賀美夫妻も、こう毎日来られてはそうも言っていられない。結局あったのは初めの二日だけで後は完全に無視しているというのに、仁に諦める様子はない。

 今日、藤堂兄妹が直接ここに足を踏み入れたのは、客を装って偶然会った仁を諌めるためだった。

 きょろきょろと見回すふりをしながら仁の机にたどり着く。

「斉藤師範代」

「あ?章?何してやがる?それは彼女か?何回か道場にも来てるだろ?」

「え?」

 それに驚いたのは美鈴だった。いくら道場でも学校でも口をきいたことがなかったとしても、美鈴と章は双子なのだ。似ているはずだが。

「違うのか?」

「えっと、一応話すのは初めてなので自己紹介しますけど、藤堂美鈴です。章の双子の妹です。よろしくお願いします、斉藤先生」

 その「先生」という呼び名に若干顔を顰めた仁は、困ったような表情で二人に前の席に座るように示した。

「うちの生徒……か?ちぇ、言えよ。猫が取れちまったじゃねーか。で?何してやがる?」

「もちろんお茶を飲みに。ここは喫茶店なんだから他に理由はないと思いますが?ところで師範代、この頃道場に来ていないようですけど、どうしたんですか?師範も気にしていましたよ」

 章の言葉に仁の顔が曇る。触れるなオーラが出ているし、出来れば触れたくない……が、そうもいかない。ここで触れなければ、章たちがここに来た意味がなくなってしまう。

「絶対に譲れないものがある、ただ、それだけだ」

 冷たく響く声に章と美鈴は顔を見合わせた。もし、ここでそれを止めようとすれば、どんな目に合されるかわかったものではない。こちらも精神的にあまり気分のいいものではないが、仁が諦めるまで放っておくしかないのかもしれない。

「……ごめん」

「あ?」

 小さくつぶやいた心愛や希に対する謝罪の言葉は、仁の耳までとどかなかったらしい。


「仁」

 目の前に現れた顔に、仁は即座に顔を顰めた。昨日は藤堂姉妹にあった置いうのに、今度は千里なのかと思うと辟易する。

「何の用だ?」

「それはこっちのセリフ。毎日、毎日こんなところに通っていたらここの人もいい迷惑だよ」

「注文してるんだから、客だ。文句を言われる筋合いはない」

 きっぱりとした仁の言葉に千里が呆れたようにため息を吐いた。確かに注文しているが、毎日毎日コーヒー一杯で何時間も居座られたらたまったものではないだろう。仁だってそんなことは分かっている。でも、だからと言って譲れないことはある。だいたい、仁をそそのかしたのは千里だ。今更文句を言われたくはない。

「いい加減仕事にも支障が出るんじゃないの?」

「じゃあ、お前はそのまま何もわからなくてもいいのか?お前にとっても無関係の話じゃ……」

 仁の言葉は途中で途切れた。スッと止めたい色が千里に走る。

「仁。勘違いしないで。私はアレを父親だとは認めない」

 沈黙が流れる。長い、長い沈黙。それを破ったのは仁だった。申し訳なさそうな表情で千里を見る。

「悪い。言い過ぎた」

 仁にとって大切な兄は、他の人間にとっては最低なあ人だった。知っていたはずなのに、その話題を千里に出してしまった自分の言動にひどく後悔した。もう、だめなのかもしれないと、諦めるべきなのかもしれないと思うのに、どうしてもその決断ができない。

「兄貴……。何で死んだんだ?あの時、何があった?」

 呟いた声に答えは帰ってこない。明日、会ってもらえなかったら最後にしようと誓った。これだけ粘っても駄目なら、きっとこれから先も調べてくれることはないのだろう。




データが消えて、印刷したのを再度入力してたら時間がかかる……。話はできてるのに……

誤字脱字がありましたら、教えてください。

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