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魔払いのミコ  作者: 白雪
第1部 過去の鎖
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第1章 福集屋R

「はぁ~~~」

 ため息と共に家に帰ってきた斉藤仁はなぜか一足先に我が物顔で部屋でくつろいでいる女性に再びため息を吐いた。今日はいい事がない。

「千里。どうやって入ったんだよ。鍵、かけといただろ?」

 に~!っと笑った千里がぽんと机の上にキーホルダー月のカギを投げ出した。見覚えのないそれをにらみつけた仁は、すぐに一つの可能性に気が付いて盛大に顔をしかめる。

「家の合鍵か?何時の間に作ったんだよ」

「まーまー。きにしなーい。それよりも今日も駄目だったんだ」

 その言葉に仁は、あきれたようなまなざしを悲しげに歪めて頷いた。仁は、毎日のように様々な探偵事務所に足を運んでは意気消沈して帰ってくる。こんな風に自由に出歩けるのも後一週間。仕事が始まるまでの間だ。それなのに今日もまた何の成果も上げられなかった事に焦りの思いを感じる。

「ああ。…………やっぱ、6年前に警察がさじを投げた事件を調べてくれるようなところはないかもな」

 諦めたような、それでいて諦めきれないような表情の仁を見た千里が仁の前に一枚の名刺を差し出した。

「なんだ?」

 ツイッと不機嫌そうに顔をゆがめた仁に千里がくすくすと笑みをこぼす。

「これ……“福集屋R”という探偵事務所の銘品の。ちょっと依頼するのにコツがいるんだけど、腕は確かよ。私の依頼した15年近く前の事件の真相を見つけて、なおかつ犯人に自白させたんだから」

 仁の顔がパっと輝いた。15年前の事件を解決できるのなら、6年前の真相を探ってもらえるかもしれない。

「行ってくる……っと、会うためにコツがいるって言ってただろ?それって何?」

「喫茶店リバーズに行くと、メニューを届けてくれるから、《メニューは結構です》って言いながら、名医s化プリントアウトしたこれくらいのチケットを見せればいいの。ここ、一軒さんお断りで紹介がないと入れないから」

 千里は言いながら指で長方形の形を作って見せた。それを見た仁は再び名刺に目をやってから入口に向かう。だが、何かを思いついたかのように振り向いた。

「千里、感謝する」

 尊大に笑う、その表情が仁の魅力であることは疑いようもないが、同時に恐怖を相手に与える。かといって彼の外面を見たいとも思えないが。普段との違いに鳥肌が立つ。

「んーー。行ってらっしゃい」

 ひらひらと手を振った千里は、まるでここが自分の家みたいな態度だとしか思えないが、それを気にする人間は今、ここにはいない。千里にとって斉藤仁とはそういう存在だった。ずっとそばにいてくれる大切な家族のようなもの。




 喫茶店リバーズは小さくてかわいらしい店だった。女の子が好みそうな外観と二階部分が住宅になっているのか洗濯物がはためいている様子に入るのを一瞬躊躇した。男一人で入るのには勇気がいる外観だ。事実、店にいる客はたいていが女性客かカップルだ。だが、これがあの事件の真相を知る最後の砦なのだと勇気を奮い立たせて扉を開けた。

「いらっしゃいませ」

 にこやかに声をかけてくる定員に目をやり、案内された席につくとすぐにメニューを差し出された。

「メニューはいりません」

 小さな声とともに名刺を差し出すと、女性店員は小さく眉をしかめた。そのまましばらく時がたつ。もしかしてここではないのだろうか……と冷や汗をかいた仁の前で定員がニッコリと笑みを浮かべた。

「少々お待ちください」

 名刺を片手に奥にさがり、すぐに紅茶を手にして戻ってきた。

「紅茶は飲めますか?」

 確認に頷くと、すぐに女性店員は奥に戻っていった。その紅茶のカップに1枚の紙が乗っていた。

【右手奥にお手洗いがございますので、そちらにお越し下さい】

 ほかの客に見つからないための用心なのだろうが、あまりの秘密主義に仁が軽く目を見開く。

 だが、事務所のありかたを一々気にするのは客の仕事ではない。客である仁にとっては調べてさえもらえればそれで十分だ。ほかに望むことなんてない。

 周りの目を気にして、さりげない風を装いながらお手洗いに足を向ける。これで、ようやく6年前の事件の真相がわかると思うと、心臓が高鳴った。

 6年前、仁と16歳年の離れた兄が殺された。犯人も動機も何もわからなかった。警察でさえ匙を投げた事件。でも、兄に育てられたと言っても過言ではない仁にとって兄の死の真相は絶対に手に入れたいものだった。高校時代から様々な探偵事務所をあたってきたが、高校時代には子供の依頼は受けないと突っぱねられ、大学に入ってからは何年も前の事件を調べるのは無理だといわれて突っぱねられた。ここ「福集屋R」が最後の砦。決して諦めるわけにはいかない。

 強い決意を胸にお手洗いの前まで来た仁は、自分よりいくらか年上に見える女性の姿に何故か安堵を覚えた。なんとなく信用できる……そんな雰囲気を醸し出している女性だった。



「ただいま」

 住宅部分の入り口から家の中に入った澤井心愛と霧島希は難しい顔でパソコンをにらみつけている加賀美夫妻に軽く首をかしげた。

「美紅さん、瞬さん。どうかしたの?」

 不思議そうな表情で声をかけると、2人は驚いたように目を見張ったが、すぐに小さく笑みを浮かべた。

「うん。今日6年前の事件を解明してほしいって依頼があったんだけど……」

 ツイッと差し出したエントリーシートを目にしたココアと希の顔から表情が消える。クシャッと紙を握りつぶすような音が響いたが、そのことを気にする者はいない。

「この依頼が……どうかしたんですか……?」

 声が震えないように心から願うのに、希の声は希望とは違って小さく震えていた。そんな2人の変化に美紅と瞬が顔を見合わせる。

「このデータベースからその事件を消したのはあなた達?」

 トントンと机をたたく音に希は答えることができなかった。違うと言っても彼らは信用しないだろう。

 俯く希たちの表情を見た美紅と瞬が小さくため息をついた。何か感じることがあったのかもあしれない。

「わかった。何も聞かない……お互いの領域には触れないのが私たちのルールだからね。でも、一つだけ。この事件を私たちが調べてもいい?」

 答えたのは希ではなく心愛だった。放心状態からようやく回復したらしい心愛は軽く首を振る。

「調べないで。……一か月くらい間をおいて、やっぱり無理だったって言っておいてくれない?」

 震える声でのお願いに、鏡夫妻は一も二もなく頷いた。ここに集うメンバーはなにかしら過去に傷があることを彼らは知っている。特に高校生メンバーは決して自分のことを語ろうとはしない。その触れられたくないものにこの事件が強く触れていることは彼らの表情を見れば一目瞭然だ。

「わかった。そのシートに関してはお前らに預けるから、適当に処分しておいて。依頼人の連絡先はこっちに控えておくから」

「美紅さん、瞬さん、ありがとう」

 小さな声のお礼に彼らは目礼で返した。

 そんな彼らに背を向けて部屋を出ようとした希と心愛は部屋の入り口で残りのメンバー、藤堂美鈴と藤堂章の双子と出くわした。恐らく話を聞いていたのだろうがそんな様子はおくびにも出さない。だからこそ、加賀美夫妻や藤堂の双子と心愛たちはやっていけるのだろう。

「お帰り~~~。今日はどう?残り香とかある?」

 あまりの衝撃に確かめるのを忘れていた心愛はあわてて眼鏡をとる。その目に気になるものは映らなかった。

「ないみたい」

「そんなにあっても困るじゃない。そっちは、何か依頼あった?」

「なし。今日は加賀美さんのところに来た一件だけかな。もともとほとんどあの2人主体の依頼だしね」

「あたりまえだろ。表向きは単なる探偵事務所なんだ。復讐を依頼に来るような奴がそんなに沢山いてたまるか」

 ごもっともというように彼らは顔を見合わせて頷いた。さっきまでの気まずい空気は消えている。いつも通りの時間の流れに心愛と希は心の底からほっとした。



「心愛……」

 じっとエントリーシートを眺めている心愛は、耳元に聞こえた希の声にのろのろと顔を上げた。未だ感情をどこかに置き忘れてしまったかのように茫然自失状態に見える。それは希も同じで、この依頼は2人にとってあまりに辛すぎる。

「大丈夫……。にしても、弟、いたんだね」

 フッと小さく笑みを浮かべた心愛に希も同じような表情を浮かべる。彼の家族について考えたことは今まで一度もなかった。葬式の時はどうだっただろうか、と考えても彼のお家族を思い出すことはできない。

「先生に……似てる、かな?」

「さあ?私は見ていないから。防犯カメラ確認してこようか?」

 万引き、食い逃げ、強盗対策に階下の喫茶店には防犯カメラが仕掛けてある。そのカメラを解析すれば彼の顔を見ることはできるだろうが……それを見る勇気は心愛にはなかった。ただ、願うは、二度とあの事件を掘り返してほしくないということだけ。もし、あの事件が明るみに出れば打撃を受けるのは心愛たちだけではない。協力してくれたすべての人に迷惑がかかることになる。

「燃やせば……よかったな……」

 ぽつんとつぶやいた心愛の視線は引出しに向いている。まるで、中に入っているものを見極めようとするかのように。

 シンと静まり返った沈黙を破ったのはけたたましくなる携帯電話の着信音だった。安心と不安が入り混じったような不思議な感覚で電話の通話をオンにする。

「はい」

「心愛?京菜何か変わったことはなかった?」

 いつも通りの養父の声に、心愛の表情がくしゃくしゃに歪む。

「うん。何もなかったよ。澄さん、心配しすぎだよ」

「当たり前だろ。俺はいつでも心配しているさ、心愛のことも、もちろん希ちゃんのこともね」

 その声が聞こえたのか、隣にいた希の方から押し殺したような笑い声が聞こえてきた。さっきまでの湿った空気は既に四散している。


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