魔王の要求
なんかどっと疲れた。昨日はぐっすりだったはずなのに、朝からだるい。
そもそもあの時間じゃまだ十分余裕で、歩いてだって間に合った。それなのにあの魔王が無理やり俺と有智くんを車――――すっげえ高級車だった――――に押し込んで、有智くんを保育園に預けて一緒に出勤する羽目になった。
超目立ってたんだけど、あれまじで勘弁して欲しい。ちなみにこれで3回目だったりする。言っとくけど、俺から送ってくださいとか一度も言ってないからな!!
「あ、やっべぇ。弁当忘れた」
昨日北条宅で洗って、そのまま食洗機に入れっぱなしだ。今朝はいろいろ必死だったからうっかり忘れてた。
あぁ、弁当箱取りに行かなきゃいけないな。
そう思いつつ、俺は購買部に向かった。
まだ朝のHR中なせいで、生徒の姿は見えない。そんな校内を歩き、目的地へとたどり着いた。まだ購買部も雑貨ばかりが並んでいる。俺は購買部のスペースの壁にかかったメニュー表を見た。
そこにあるのは種類豊富なパンやおにぎり、ちょっとした惣菜が日替わりで載っている。そばにある用紙にクラス、名前を書き欲しい商品の番号を記入すれば、昼時めちゃくちゃ混んでてもきちんと商品を手に入れられるのだ。まぁ俺はクラス持ちじゃないから名前だけ買いとけば大丈夫。
適当に2・3個の惣菜パンを予約し、箱の中に入れておいた。これで昼抜きにならずに済むだろう。
保健室のドアを開けたとろこで、俺は立ち止まった。部屋の中から漏れ出す暖かな空気。俺は魔王の車を降りて、真っ先に購買部に向かったわけで、保健室には今日はこれが始めてなわけだ。
しかも鍵しめてったのに、何故か空いてるし。いや相手があの魔王なら納得はいく。
「毎回、毎回……ダメだ……今朝は文句を言う元気が出ない……」
「言っておくが、今日はちゃんと用があってきた」
「今日は?」
じゃあ、やっぱりいつもはなんの理由もなく来てるんだな!?
「首の痛みが取れない。湿布はないのか?」
「家になかったんですか?」
「どこにあったか忘れた」
嫌味ですか?俺の家広いから、そんなのどこに置いてるかわからなくなったんだ。っていう自慢ですか?羨ましくもないけどね!!
「変に寝たから首寝違えたんじゃないですか?」
「お前のせいだろ」
「すみませんね!!起こせばよかったじゃないですか……むしろそのほうが……」
「あまりにも気持ちよさそうに寝ていたからな」
「え?」
「有智が」
でしょうね!!ちくしょう、一瞬、俺の睡眠を邪魔してはいけないって思ってくれたんだ!!なんて思った俺がバカだった!!
「はいこの湿布使ってください。あんまり長引くなら病院に行ってください!俺は医者じゃないですから。あくまで養護教諭です」
「貼ってくれ」
「はぁ?」
それくらいじぶんでできるだろ!!背中とかじゃしょうがないって思うけど、首ならなんとかなるんじゃないの?
って思ってたら何考えてるかわかったみたいで、魔王が言った。
「首の付け根は貼りにくい。誰かに貼ってもらったほうが楽だろう」
「それは……はいはい、わかりました。貼りますからちょっとシャツの襟緩めてください」
「あぁ」
ワイシャツだと首筋に貼るには、そのままだと少し難しい。でも、だからって脱がなくてもいいんじゃないの!?なんでシャツの下に何も着てないの?
それにさ、なんでそんな鍛えられた体してんのさ。理事長ってデスクワークが主じゃないの?そりゃいろいろ仕事はあるだろうけどさ、この人の場合仕事をしてることがまず少ないわけで、この体は何かおかしい。
俺の方が働いてるのに、俺筋肉ないんだけど。二の腕がわずかに膨らむかなぁって感じなんだぞ!!
「おい、どうかしたのか?さっさと貼れ。寒いんだよ」
「はいはい。じっとしてて下さいよ」
こうさ、人に貼るのってなんか緊張するよな。しかもシップって冷たいじゃん?人によってそっと貼って欲しい人と、一気に貼って欲しい人に分かれると思うんだよな。
まぁ遠慮も何もいらないだろうし、一気に貼らせてもらおうか。
「はい、できました」
「お前……下手くそだな」
「そこはお礼を言うとこじゃないんですか!?別にいいじゃないですか、しっかり貼れてますし!」
「まぁ貼れてるならいいか。これで治らなかったら責任取れよ」
「はぁ!?ちょ、意味わかんないこと言い残してどっか行くなぁ!!」
責任って何!?慰謝料とか?俺そんな金持ってない……どれくらい請求されるんだろう。魔王様と俺じゃ価値観絶対違うし……。俺のお財布事情とか絶対考えてくれないだろうし。
なんか胃が痛くなってきた……。