魔王の理由
蛇に睨まれたカエル、もとい魔王に睨まれた村人Aです。
とか言ってる場合じゃない。これでも内心パニクってるんだ。心臓バクバクで、どうしたらいいのか分からず焦りまくってるんだぞ。
もうこのまま飛び出して帰りたい、けどドアのところに魔王が立ちはだかってる。逃げたくても逃げられない。
「来てたのか」
「いや……その……。ていうか、なんでここに?」
「シャワー浴びて、さっぱりしようと思ったんだが……いつからいた?」
「ほんのついさっき……。俺その……鍵返しに来ただけで……」
「返さなくていいといっただろう。さっきの聞いてたのか?」
「聞く気はなかったんですっ……けど……」
「まぁ、あれを聞くなという方が無理か。喚き散らしてたからな」
一歩一歩、俺の方へと近づいてくる。俺は情けないことに、見つかった瞬間足の力が抜けてしゃがみこんだまま立てない。
そんな俺を気にもせず、魔王は俺の方に向かってくる。
それに気圧されるように、ズルズルと壁際まで追い込まれた。場の雰囲気なのか、普段とは違う魔王に俺は怯えてた。
しゃがみこんだ魔王は俺を逃さないように、俺の顔の横に片腕を付いた。反対側は壁だ。俺は完全に逃走路を遮断された。
眼鏡のレンズ越しに俺を見つめるその瞳が、ひどくやわらかくてこの場に場違い過ぎてる。なんでさっきまであんな修羅場ってたのに、そんな表情してるんだよ。
「あまり驚いてないみたいだな」
「何……を?」
「さっきの話だ」
「離婚云々は、杉下さんが……」
「なるほどな」
「そ……それより、有智は?」
「あぁ今は杉下にあちこち連れ回させてる。さっきのを有智に聞かせるわけにいかないだろう」
やっぱりか。なんとなくそんな気はしてた。魔王といえど、しっかり自分の子供のことは考えてるんだよな。
「離婚……いや、やっぱいいです」
「なんだ、気になるだろ」
「いやいやいや、俺が踏み込んでいいわけないんで。これやっぱり返します、俺には必要ないだろうし。もうここに来ることもないんで」
「返さなくていいと言ってるだろう。何度も言わせるな」
半ば呆れた、そんな調子で言い放った魔王は、俺の言葉を待つように黙った。聞きたいこととか、言いたいこととかいっぱいあるはずなのに。
こんな至近距離でいたら、出てくる言葉も逆戻りする。
でもそれで逃がしてくれる魔王がどこにいるんだ。
「離婚……するんですか」
「あぁ」
「あぁって……本当にそれでいいんですか?」
「なんだ?お前は離婚に反対か?」
「え?いや……その……えっと……」
反対はしてない。してないけど、本当にいいのかとも思う。ひとつの家族が、壊れてしまうのにそれを望んでしまうのは間違ってるんじゃないのか。
まただ。散々嫌というほど考えまくったのに、答えなんか出てきそうになかったのに。どうしてなんだ。おれはどうしたらいいんだよ。
「俺が……口出ししていいものじゃないですから……。そこまででしゃばって言い問題じゃないでしょう?」
「お前がどう思ってるか知りたい」
「なんでですか!?俺は関係ないでしょう!?」
「関係あるから聴いてるんだろ」
「は?」
俺にも関係あるってどういうこと?
「あいつと離婚したのは、まぁさっき聞いたとおりだ。だが、あいつにも言ってない理由がもう一つある」
「もうひとつの……理由?」
「お前だ」
え、なんでそこに俺が出てくんの?全く理解ができないんだけど。
次回2月19日19時更新




