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魔王の妻

 

 

「よし、これで大丈夫だろ。いいか?階段の上から飛び降りるな。たとえサッカー部だろうと、あくまであれは危険行動だ。今度試合あんだろ?出れなくなったらどうする?」

「今度は絶対うまく着地してやるよ!」

「そういう問題じゃないっつの!!ほら、授業始まるぞ。あと一時間だ、頑張って受けな」

「そのあと部活あんだけどな。沙雫ちゃんサンキュー」


 高校生は元気があまりに余ってんのかね。その元気を俺に分けてくれないか。


 あれからというもの、俺はくよくよしてるのも、考え込むのもやめた。そうでもしなきゃ、仕事が溜まりに溜まっていくからだ。流石にそれは勘弁して欲しい。


 相変わらず魔王とは会ってないけど、でもこれが本来の生活であって、やっと俺も普通の日常を送れるようになった。そう思うようにした。俺のこういう性格は、あの過去がなきゃ、こうはならなかっただろう。


 今日は仕事も順調だし、このままで行けば定時くらいには帰れるだろうか。


 椅子に座りながら、伸びをして体をほぐす。コーヒーでも入れ直そうと、席を立ったとき、ふと白衣のポケットに手を入れて、それに気づいた。


「あ……これ」


 それはあの時返す返さないで言い合った、カードキーだった。結局そのままになって、ポケットに入れっぱなしだったらしい。これ洗ったんだけど、壊れたりしてないよな。


 返さなくていい。そう言われたけど、でもこのまま持ってるのもどうだろう。


 でもこれを返したらなんかあの日々が、全部夢だったんじゃないかと思える。確かにイライラした。でもそれだけじゃなかった。なにより楽しかったんだ。一緒にいることが楽しくて、毎日毎日飽きることなんかないし、疲れててもなんか吹っ飛んじゃう。


 なんだかんだ言って、あの時間がものすごく好きだった。また来てる。そう思ってもどこか笑ってた俺がいた。来てなかったら来てないで、がっかりしてた俺がいた。


 それがなんでなのか、わからないほどの人生を歩んでたつもりはない。でもわかってたからこそ、認めてはいけないと自分で自分に蓋をした。


 あの性格も、あの態度も、あの人の全ても。


 俺は好きだったんだ。……好きなんだ。



◆◆◆




自覚したって、どうにもならないこともある。


 たとえあの人のことを好きだとしても、あの人とそういう関係になることは決してない。相手は子持ちだし、結婚してるし。俺は男で絶対そういう対象には見られない。

 誰だってそうだろう。奥さんがいるのに、好きだと言ってくる男に向くなんてあるわけがないじゃんか。


 自覚しなければよかった。この感情に気づかずにいれば、今こんなふうにならずに済んでいたはずなのに。


「失礼します」

「はい……って、杉下さん?」


 保健室に来たのは、魔王の秘書の杉下さんだ。びしっとスーツを身にまといつつ、その容姿はどこか穏やか。でも怒らせると鬼のように恐ろしい。仕事のできる男だ。

それでも俺の2歳年上なだけなんて、尊敬に値すると思う。俺あそこまで仕事できない。


「ここもハズレですか」

「え?」

「またふらふらと来ているのではないか、と思ってきたんですが。見当違いだったようですね」

「理事長のことですか?」

「えぇ。最近逃げ回っているようで」

「逃げ回ってる?」


 あの人が何から逃げてるって言うんだろう。むしろ逃げるより逃げられる方が多そうだけど。ていうか、逃げてる姿が想像できない。

 杉下さんは、半ば呆れながらそして何かを思い出し笑いしながら続けた。


「仕事から逃げてるだけならまだしも……。しっかりと向き合って解決なさらないと、ご自身が困るんでしょうけどね。


そこはあまり私でも踏み入ってはいけないでしょうし」

「はぁ……」


 なんのことを言ってるのかさっぱりだけど……。


「最近はめっきり来ないですよ。もう半月くらいは来てないんじゃないですかね。なにか……あったんですか?」

「まぁ以前からあったことなんですけどね。またいろいろもめてまして。あの人もさっさと結論を出せばいいのに、まだ未練だかなんだかあるようで」

「未練?あの人って一体何から逃げてるんですか?」

「元妻からですよ」

「元妻!?え?それって有智の……」

「実母です。今離婚調停中といったところですね。聞いてないんですか?」

「何も。そういえば、奥さんにあったことなかったかもしれないです」



 北条宅に行ってた時も、そういえば見たことなかったな。時々だけど話題に上がってたし、なくなってる雰囲気はなかったけどなんとなく俺からは聞かないようにはしてたんだけど。


 離婚……か。あまりいいものじゃないよな。


「元妻が復縁を望んでるようで。といっても、離婚を迫ったのも元妻からだったようですよ」

「え……復縁?」

「厳密に行って、まだ離婚届は出してないわけですから、正式に離婚するかしないかでもめてるんです。あの人は離婚したいとは思ってはいないものの、元妻の身勝手さはよく思ってないんでしょうね。それで元妻のしつこさに嫌気がさして……」

「逃亡中ってわけですか……」



 ちゃんと話し合えよな。嫌なことから逃げるって、子供かよ。


「振り回されてて、自分の気持ちすらよくわからなくなったってぼやいてましたよ。未練がましいですよね。おっと……お話してたかったですが、時間ですね。もしきましたら私が探してましたとお伝えいただけますか?」

「はい」

「では、失礼いたします」


 そう言って軽く会釈し、杉下さんは出て行った。


 



次回2月13日19時です。

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