魔王の家庭
毎日職場と家を行き来する、代わり映えのない日々を過ごしていた。そんな俺に、最近新しい日課が増えた。
「こんにちは、鈴峯です」
「お仕事お疲れ様でした。有智くんーお迎えきたわよー」
「あー!沙雫兄ちゃんだぁ!!先生ばいばーい!」
「もう有智くんたら、鈴峯さん来るとすぐに走ってくるんだから」
「沙雫兄ちゃんみてみてーこれ工作の時作ったんだー!」
「お、すごいな!じゃ、ありがとうございました」
仕事帰りに有智くんのお迎えに行く。それが新たな日課だ。あれから半月が立ったんだけど、1週間くらい前から、忙しくなったようで本格的に頼まれた。
確かに俺と魔王じゃ、俺の方が帰りは早い日が多いだろう。それに仕事をしてて迎にいけないんじゃ仕方がないだろう。そう思って引き受けた。まぁ、有智くん嫌いじゃないし、仕事終わってひとりで過ごしてるよりは、こっちのほうが楽しい。
「今日の夕飯は何にするかな……」
「スパゲティがいい!」
「スパゲティか……。ミートソースにすると、煮込まなきゃいけないからなぁ……。ちょっと時間かかっちゃうぞ?」
「待ってる!お手伝いする!」
「んじゃ、スーパー寄んないとな。ホールトマトなかったから」
マンションまでの途中にあるスーパーに向かった。ついでに明日の弁当のおかずも買おう。
「ん?保育園って明日弁当だっけ?」
「そう!」
「んじゃ有智の好きなおかず入れるか。何入れて欲しい?」
「んーと、甘い卵焼きってできる?」
「当たり前だろ」
「じゃ、それがいい!!」
「って……それだけ?ほかは?」
「え……ほか?」
「卵焼きだけの弁当って珍しいぞ」
「でも、甘いの食べたことないから……」
「まじで?」
何?北条家はだし巻き派か?もしや有名料亭の出し巻き玉子か?まさかこんなところにも、格差社会が!!
「ママ料理しなかったから……。お弁当も、頼んで作ってもらってたから。普通のお弁当友達が食べてるの見て、なんで僕のもたこさんとか入ってないのかなって……」
「……。たこさんって、タコさんウインナーか?」
「うん」
「食いたい?」
「うん」
「よし。今から弁当に入れて欲しいおかず言ってみろ。明日はそれ入れてやる」
「本当!?」
「ただし、弁当に入りきる量じゃなきゃダメだけどな?」
「うん!!」
顔を輝かせて、ニッコリと笑った有智は、俺のコートを引っ張り、スーパーの中をそれは楽しそうに進んだ。
手作り弁当ってさ、すっげぇ個人が出るんだよな。まさにおふくろの味ってのが一番でるんだ。卵焼き一つとっても、味も、形も見た目もちがう。でもそれが何よりもおいいくて、給食とかとはまた違う楽しみがあるんだ。
それなのに、有智はそれを知らない。俺でも自分の母親の料理の味は知ってる。けど有智は知らない。
それってすごく辛いことだ。
俺は有智の母親じゃないけど、手料理の美味しさと暖かさを知ってほしいって思った。明日は早起きして腕によりをかけて弁当作りしよう。
沙雫が「有智」と呼び捨てにしてますが、時間の経過を経て仲良くなったということです。




