第三話 それは絶対おかしいなって
タイトルがやりたかっただけ。
「藤原妹紅だ」
「京野芽瑠です……。いやほんとすみませんでした……」
まだ痛みが残る殴られた頬をさすりながら、妹紅さんに謝罪と自己紹介をした。彼女はまだ不機嫌そうに、目に角を立てている。本当に申し訳ない……。
私が目を覚ました時には、既に日が高くなっていた。慧音さんによれば1時間ほど気絶していたそうな。それを聞いて妹紅さんのパンチの威力に震撼させられたと共に、これまた恐ろしい人と出会ってしまった事を嘆いた。嗚呼、この世界に「普通の人」はいるのでしょうか。すべての人がこんな感じだったら、この世界で生きていくのは困難だろう。早々に帰る手段が見つかったのがありがたかった。早く帰りたい……、今日はいつも見てるアニメの日なのです。
「あー……、話を戻していいかな?」
慧音さんが頬を指で掻きながら言ったので、私と妹紅さんはそちらに視線を向けた。
「えーっと、妹紅。お前を呼んだのは芽瑠を博麗神社まで案内してもらおうと思ってだな」
「断る」
「即答ですか!?」
一瞬の迷いもなく依頼を一蹴された。これには慧音さんも苦笑い。……って笑ってる場合じゃないですよ。
「帰れないと困るんです!! お願いします!!」
必死に懇願した。最終回だけは見逃したくないので今日中に帰らないといけないのだ。すると妹紅さんは邪悪な笑みを浮かべ。
「んじゃ、土下座で」
というなんとも酷い命令をくだした。なんという鬼畜。確かに私にも初対面だというのに、妄想の材料として使うという非は犯したが、いくらなんでも土下座はないでしょう……。だからといって里に立ち往生というのも……。ええい、背に腹は代えられぬ、プライドは投げ捨てる物!
「お願いします妹紅さん、いや、妹紅様!! 私を神社まで連れて行って下さい!!」
全身全霊を込めて土下座をした。さすがにジャンプから続けては無理だが、これでも私の気持ちは伝わるだろう。そう思ってた時期が私にもありました。
「だが断る」
「Why!?」
思わず英語が出た。それほどまでにショックだった。相手に土下座を要求してやらせながら、無慈悲に拒否。まるで悪魔の所業だ。なんなんですかこの人でなし。
「まあまあ。妹紅、私とお前の仲じゃないか。頼むよ」
慧音さんが仲裁に入った。それはありがたいのだが、妹紅さんには何を言っても無駄な気が……。
「むぅ……、けーねが言うなら……」
「何故だ」
なんと了承した。何故私が本気で土下座しても無駄だったのに、慧音さんが少しお願いしただけで了解するのか、甚だ疑問なのだが。
「ふふ、ありがとう妹紅」
「ふ、ふん!!」
慧音さんの感謝の言葉に、妹紅さんは顔を赤くしてそっぽを向いた。なんでそんなに照れるのだろうか。もしかして二人って出来て……おっと、これ以上妄想するとまた殴られそうだったので自重した。
「そうと決まったらさっさと終わらすぞ。来い、京野」
と言って私を無理矢理外へ連れだそうとした。しかし慧音さんにちゃんとした挨拶もせずに帰るわけにもいかないので、頑張って抵抗し、その場に踏ん張った。
「け、慧音さん。短い間でしたがお世話になりました~」
「達者でな」
彼女は美しい笑顔で手を振って送り出してくれた。本当はもっとゆっくりと話したかったのだが、私の右腕を強引に引っ張る手が許してくれなかった。
「酷いですよ妹紅さん、お礼をする時間もくれないなんて」
さっきの出来事に文句をつけたが、聞こえてないのかの様に無視をされた。とことん嫌われてしまったみたいだ。
今、私は彼女と並んで里を歩いている。昨日は夜だったためかほとんど人の姿を見ることができなかったが、明るい今の時間帯は活気にあふれていた。道行く人々の多くが和服を着ており、里の雰囲気も相俟ってまるでタイムスリップでもした気分だ。……ちょんまげがいなかったのが少し残念ですが。
できることなら時間をかけていろいろ見て回りたいのだが、それを妹紅さんに言っても無駄な事はわかっていた。
「さて」
里の出入り口までたどり着いたところで、妹紅さんがこちらに向き直り。
「ここから博麗神社まで向かうんだが、生憎私はめんどくさがりでな」
と、これまた不敵な笑みを浮かべて言った。……まさか、私をここで殺してしまうつもりじゃ。それならすぐに帰れというわけだ。私の心は昨日の一件と同じぐらい恐怖で満ち溢れ、全身が怖気だった。
「ほら、こっちに来い」
「は、はひ……」
呂律もまともに回らない。それでも命令に従って彼女のすぐそばに行き、背を向けるようにして立った。この先何をされるのか、不安でいっぱいだった。
「んじゃ、動くなよ」
「へ……?」
私のお腹あたりを抱き着く様に抱る。殺意があるようには感じられず、呆気にとられてしまった。
「……ハッ!!」
勇ましい掛け声と同時に、ゴオッ、という飛行機のエンジンの様な音がした。何が起こったのかと妹紅さんの方を振り返ると、彼女の背中から鳳凰の如き、灼熱の炎を纏った翼が生えていた。い、意味がわからないです……。でも、とてつもなくかっこいい。
「飛ぶぞ!」
「え? ひゃう!?」
いきなり足が地面から離れ、突風が私を襲った。いや、風が吹いているのではなく、私たちが突っ込んでいる。つまり、飛んでいるのだ。
「す、凄い……」
少なくとも私の世界に生身で、それもなんの道具も使わずに空へと行った人物はいないだろう。でも、妹紅さんは自分の力で飛翔している。これも魔法の一種なのだろうか。
「速いですねぇ……」
どんどんとスピードが上がり、あっという間に高速道路を走っている車並みにまでなった。これならすぐに神社まで着くだろう。つまりさっきの私の不安は杞憂だったというわけだ。なんだか恥ずかしい。
しかし、弊害が一つだけ。
「あの、妹、紅さん、さぶっ、寒いんですけど!!」
かなり高い高度、強烈な風。摂氏温度はかなり低いはずだ。計算すると、今は春だから気温を20℃、高度を100m、風速を20mとして、20-0.6-1×20=-0.6。つまり、私たちは摂氏氷点下0.6℃で飛んでいる状態なのだ。こんな状況で計算ができる私の頭はどうなっているのだろうか。
「妹紅さあああああああん!! 死んじゃいますううううううう!!」
身体が限界に近付くにつれ、私の精神もパニックになっていった。
「喧しい! すぐ着くから我慢しろ!!」
「そんな殺生な!!」
妹紅さんの怒号と私の悲鳴が交互に響く。空気が薄いこともあって、だんだんと意識が薄れてきた。果たして私は生きて帰ることができるのだろうか。
奇跡的に無事だった。妹紅さんの言うとおり、5分もしないうちに到着した。
「な、なんで妹紅さんは平気なんですか……」
まるで何事もなかったかのようにケロリとしている。……この人は本当に何者なのだろうか。
「そら、その上が博麗神社だ。とっとと帰れ」
さりげなく疑問をスル―されたが、それは置いといて、妹紅さんが指さした本題の神社がある方向を向く。とんでもない高さの丘。それに伴うおびただしい数の階段。そして、目的の地の象徴である鳥居がその先に見えた。……え、これを登れと?
「あの、どうせなら連れて行ってくれませんか?」
「嫌だね」
今回も即答だった。どうせこうだろうと思っていたから期待はしていなかった。ちょっとはし返してやろうと睨みつけたが効果はなく、興味無さそうに一瞥してから煙草を取り出して火を点けた。どうしてこうも意地悪なのだろう。慧音さんに言いつけてやろうか。……ああ、もう帰るから会えないんだっけ。妹紅さんにもだ。そう思うと何故だか寂しくなった。まだ知りあって間もないというのに。
「妹紅さん」
彼女の前に向き直る。
「んあ?」
これまた鬱陶しそうな態度だが、この際どうでもよかった。
「ほんとに短い間でしたが、お世話になりました」
ふかぶかと頭を下げた。なんだかんだいっても、彼女がいなかったら帰れなかった。いくら感謝してもしきれない。
「それでは、さようなら」
「……じゃあな」
別れの挨拶に、照れくさそうに答えてくれた。実際はとても優しい人なのかもしれない。所謂ツンデレってやつなのかもしれない。
彼女に手を振りながら、駆け足で去った。
そのまますぐに帰れればかっこよかったかもしれない。しかし、階段がそうはさせてくれなかった。ただでさえ数が多いのに、角度が急で、一段一段も高かった。
……後ろから視線を感じる。妹紅さんだろうか。きっと呆れているに違いない。
「ハァ……、ハァ……、きっつぅ……」
息切れが激しい。階段は嫌いだ。もっと言うなら運動は大嫌いだ。小学生の頃はいつも外で遊んでいたため体力もあり、体育のサッカーなのでも大活躍だった。しかし、中学になってからはオタクになってしまい、中で本を読んでいるようになった。そして使われない筋肉は退化、今では学校のグラウンドを一周するだけでグロッキーだ。
「あと……、ちょっと……」
いつの間にやらゴールが見えてきた。これで、帰れる。そう思うと、いろんな感情が混ざり合って涙があふれてきた。さようなら、幻想郷。私はこの二日間を忘れない。
「到、着!!」
最後の一段を踏みしめ、頂上へとたどり着いた。
「さて、これで元の世界に戻れたんですかね……」
特に何かが変わったような感覚はない。これで大丈夫なのだろうか。少しだけ不安になった。携帯を開いてみるも、相変わらずの圏外だった。山奥だから電波が届いてないだけだといいのだが。
とりあえず境内を見渡してみた。さっき下から見えた鳥居、よく見ると「博麗神社」と書いてある。そして道の先には本殿。とても立派で人の姿が見えないのが不思議なぐらいだった。……立地条件を考えればそうでもないか。
そういえば、神主はいないのだろうか。いや、そんなことより巫女だ、巫女さんはいないのだろうか。神社といえば可愛い巫女さんと相場が決まっている。
「……お!」
本殿の前に人影を見つけた。遠目からでも巫女だとわかる。どうやら掃除をしているようだ。彼女へと向かって駆ける。こういうときだけは何故か元気が出る。
「……あら、参拝客?」
巫女さんも私に気がついたようだ。地面から視線をあげ、近づいてくる私の方を向いた。
巫女にしては特徴的な姿をしており、艶々の黒髪に大きな赤いリボン、顔の両脇では変わった髪飾りで髪が結わえられていて、ただでさえとても可愛らしい顔をさらに際立たせていた。服装はよくある紅白の巫女装束だが、何故か両袖が分離しており、腋が露出されている世にも珍しいものとなっていた。
そう、生腋である。丸見えなのだ。それは私の欲望を大いに刺激し、興奮は最高潮に達した。
「Yahoooooooooo!! 腋巫女ktkrェ!!」
思わず巫女さんに向かって、勢いのままに飛びかかった。しかし。
「五月蠅い!!」
その寸前、私の目の前に白黒のボールの様な物が投げつけられた。勿論避けられるはずもなく。
「ぎゃぼっ!?」
私の顔面へと激突し、尋常でない痛みが走るとともに、視界が一瞬暗転した。光が戻った時に見えたのは雲一つ無い青空。空でも飛んでいるような心地だ。いや、正確にいえば心地ではなく実際に浮いている。ボールの勢いに身体が負け、後方へと吹き飛ばされたからだ。頭が処理落ちでも起こしたのか、時間がゆっくりに感じられる。この後に何が起こるかは大体予想できた。死ななきゃいいけど。南無三。
「ぐはっ!!」
再びの激痛。頭から地面に叩きつけられた。幸い、いかにも危険な石畳に落ちることもなく、気も失わずに済んだ。しかし、気絶してしまった方が断続的な痛みを味合わずに済んだかもしれない。
「まったく、なんなのよあんた。いきなり叫ぶわ飛びつくわ」
頭を押さえてのたうち回る私に、軽蔑するような声を浴びせてきた。これまた妹紅さんの時の様に、第一印象は最悪に違いない。最近自重できない自分が愚かしく思えてきた。でもまあ、今は帰れた喜びでテンションが高かったから仕方ないね。
……そうだ、帰れたはいいけど現在地がよくわからないんだった。
「あの、付かぬ事を伺いますが、ここはどこでしょうか?」
むくりと身体を起してから彼女に訪ねた。それを見た彼女は何故かひどく驚いているようだった。
「ど、どこって、博麗神社に決まってるじゃない」
「そういう意味じゃなくてですね……」
なんと説明すればいいかと言葉を濁していると。
「おーい、凄い音がしたんだがどうした?」
と後方上空から誰かの声がした。これには聞き覚えがある。いや、正確には覚えではないか。
「あら、妹紅じゃないの。珍しいわね」
巫女さんも彼女のことは知っているようだった。そう、ついさっきまで一緒にいた妹紅さんだ。彼女は私のすぐ横に着陸した。多分凄い音というのは私が地面にぶつかった時のものだろう。
……そんなことより。
「なんであなたがここにいるんですか!?」
「なんでお前がここにいるんだ!?」
私と妹紅さんの声が重なった。どうやら思っていたことは一緒だったらしい。
「え、だって、ここって元の世界……」
「あー、横槍を入れるようで悪いけど」
状況がうまく飲み込めず、パニックに陥りかけていると、巫女さんが口を挟んだ。きっとどちらが正しいのか教えてくれるのだろう。彼女の言葉によって、私と妹紅さんの運命が決まるといっても過言ではないだろう。私はドキドキしながら再び口を開くのを待った。
「参拝に来たんならお賽銭よこしなさい」
「違ああああああああああああああああああああああう!!」
いきなり叫んでしまったので、二人は肩を揺らして驚いた。どちらかというと私の方がショックを受けたのだが。神社で巫女にお賽銭の催促をされるだなんて夢にも思っていなかった。
「ここが幻想郷なのか元の世界なのか教えてくれるんじゃないんですか!?」
「本当に五月蠅いわね!! 人に何かを尋ねるならするべきことがあるんじゃないの!?」
私が怒号まじりに言うと、逆切れされた。飽くまで金をよこせというのか。うぐぐ、しょうがない。
「はい千円」
「何が訊きたいのかしら?」
財布から千円札を取り出すと、電光石火の如き速さで奪い取られたが、態度は180°変わって目を輝かせながらの丁寧な対応になった。文字通り現金な人だ。
「ここはどこですか?」
「博麗神社よー。幻想郷の」
「え」
巫女さんはさらっと言ったが、私にとっては衝撃的な発言だった。目の前が真っ白になってゆき、ぐわあんという耳鳴りが私を襲った。。ここはまだ幻想郷だって? 私は外の人間なのに、どうして帰れないの? こんなの、絶対おかしいよ。私、外の常識を持つ人なのに……。
「明らかにお前は非常識だがな。……っておい、大丈夫か?」
妹紅さんの皮肉に突っ込みを入れる気力さえ失せ、意気消沈してその場に座りこんだ。彼女は一応心配してくれているようだが、巫女さんはこちらなど眼中にないらしく、お金に夢中だった。




