序章 VISIONS;GATE
今日も世の中は平和だ。ビルに人工衛星が落ちてくることもなければ、猟奇的な殺人事件が起こることもない。でも、私は退屈だった。いつものように登校し、授業を受け、下校し、食事をとり、寝る。そんな毎日の繰り返し……。こんな生活のぶち壊してしまいたいと、時々思ってしまう。
「芽瑠ちゃんおはよー!」
ま、そんなことする気はないんだけど。
「おはようです」
私の名前は京野 芽瑠、高校2年生の女の子。以上。それ以外に特筆すべき事はないです。
「ねーねー、何読んでんのー?」
朝のホームルーム前、教室の自分の席に座って読書に勤しんでいる私に、そこそこ仲がいいクラスメイトが話しかけてきた。
「これですか? ラノベですよ」
「へ、へぇ~…」
引きつった笑いを浮かべながら引かれた。ラノベを読んでいるぐらいでそんな態度をとるとは、なんと心が狭いことだろうか。私は心の中で軽く軽蔑した。オタクで何が悪い。
ただ、内容について深く問われなかったことは幸いだった。今読んでいるものはラノベといってもBLなのだ。さすがに腐女子であることが知れ渡るのだけは避けたいと思っている。
友人が私の席を離れ、たった今やって来た他の知人の所へ行ったのを見やり、安堵の溜め息をついた。さて、続きを読もう、と思った刹那。
――キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴り響いた。それと同時に担任が入ってきて、それに気付いたクラスメイト達が慌てて席に戻る。
「はい号令」
「起立、気をつけ、礼」
全員が席に着いてから担任がそう指示したので、それに従って挨拶の号令をした。これでも私は学級委員なのです。
いつも通りに時間は流れ、授業は三時間目の数学になっていた。大抵の学生は「数学は難しい」という固定観念に囚われているが、私にとっては朝飯前。ただ計算をすればいいのだから、これほど簡単な科目はない。黒板の前で定年間近の数学教師――名前は覚えてない――が熱心に解き方を解説しているが、こんなもの教科書を読めば誰でもわかる。それを何時間もかけて授業にする必要があるのだろうか。
「ふあ~ぁ……、退屈……、あ」
しまった、と思った時にはもう遅い。授業中だというのに、欠伸につられて、つい口から本音を滑らせてしまった。
「京野! この問題解け!」
どうやら数学教師にも聞こえてしまったようだ。すっかり禿げ上がった頭を赤くして、私を睨みつけながら声を荒げた。真面目にやってないからといって、すぐに解けなさそうな問題を出すのはいかがなものか。私に恥をかかせたいだけだろうけど。
「……x=4、y=2/7、z=5」
「……正解だ」
わざわざ出題するのだからどんな難問が来るのかと期待をしていたが、たいした難易度ではなかった。これでは眠気覚ましの頭の体操にもならない。
「ふぁ~ぁ……」
もう我慢できないほどの睡魔が私を襲った。そうだ、居眠りしよう、そうしよう。嗚呼、また授業態度の評価が下がるなぁ……と思ったが、よく考えたらテストで挽回できるので問題ない。教師の視線を感じるが気にせずにまどろみの中へ落ちて行った。おやすみなさい。
「芽瑠ちゃんバイバ~イ」
「さよならです」
そして放課後、掃除で残っている友人達に別れを告げ、昇降口にやって来た。体育館やグラウンドに向かう運動系の部活の人たちで溢れかえるっており、人ごみが苦手な私には毎度のことながらうんざりしていた。ちなみに私は部活には所属していない。理由は簡単、面白そうなのがなかったから。
「ん?」
自分の下駄箱を開けると手紙があった。よくある口が三角の白い便箋で、「京野さんへ」とある。肝心の中身はというと、「屋上に来て欲しい」とだけ簡潔にかいてあった。……またですか。このような事が月に一回はある。無視してもいいが、さすがに失礼だと思うので毎回応対している。というわけで階段登りに憂鬱になりながら屋上に向かった。
「ずっと前から好きでした!! 付き合ってください!!」
ありきたりなセリフで告白された。お前らは同じ事しか言えないのか? 本人にとっては必死に考えて、勇気を振り絞って口に出した言葉なのかもしれないが。
屋上で待っていたのは女子の間でそれなりに人気のある男子だ。……名前は覚えてない。その上接点もない。つまりは関わりが全くない。どこで私みたいなのを見つけたのだろうか。
「ごめんなさいです」
勿論丁重にお断りした。
「ど、どうして!? せめて理由を!!」
見苦しい男ですね。そんなに知りたいのなら教えてあげましょう。
「私は男に興味はないのです。女の子が好きなのです」
男同士なら好きだがな!!
私のカミングアウトに呆然としている彼を放置し、帰路に就いた。
「……今日もいつもと変わらない1日でした」
何となく呟いてみたが、誰も返事を返してはくれなかった。一人なのだから当り前だ。
私は鮮やかな夕焼けを眺めつつ、家へと向かっている。普通の人なら日々に変化が無く、平和に暮らすことを幸福に感じるだろうが、私にとっては退屈なだけだ。あーあ、何か面白い事が道に転がってないかなー。……そう思うようになってからどれぐらい過ぎただろうか。今までに何かが起きたことはない。そして私の願いとは裏腹に、この先も。――と思っていた。
「おや?」
私の眼に、いつもなら存在していないはずのものが入った。
「……道路標識?」
白地に青の円、そして右上から左下にかかっている斜線。たしか意味は「終わり」だったか。街中ではあまり見ない。目を引いた理由はそれ以外にも二つ。一つ、昨日、もとい、今朝の登校の時には無かった。二つ、歪んでいるのだ。普通ならあり得ない形状に。
全体的に波打っており、根元から少し上のところで左に直角に曲がり、すぐに右側へ緩やかにカーブしている。三日月のようにも見えるが、そこに優雅な美しさはあらず、夕日と相俟って不気味な雰囲気を醸し出している。
「むう、学校行ってる間に立って、その上事故も起きた? ……さすがにあり得ないですね」
生暖かい風が吹き、私のセミロングの黒髪を揺らした。なんにせよ、これは私の好奇心を大いに刺激してくる。こんなにわくわくしたのはいつぶりだろうか。もっと詳しく調べようとすぐそばまで近づく。だいぶ古いようで、赤錆が目立っている。
「むー……、えい。……ん?」
なんとなく触れてみた。それと同時に、足元に切れ目が入った。本能的にその場から動こうとするも、何故か脚は動かない。
「へ? え? キャァァァァァァァァ!?」
ぱっくりと開いた穴に抵抗する事も出来ず、 幻想への門へと落ちてしまったのでした。




