天空の狩人と空飛ぶ鉄の城
雲海を抜け、高度1万メートルを超えた世界。
そこは、どこまでも澄み渡る群青色の空と、強烈な太陽の光だけが支配する静寂の領域だった。
『天翔ける鯨』号は、反重力エンジンの低い唸りを上げながら順調に航行していた。
「……すげぇな。本当に空気があるぞ」
ガントが高度計を見ながら唸る。
本来なら酸素がなく、極寒の死の世界であるはずの高度だが、なぜか地上と変わらない呼吸ができ、気温も快適だ。
『この空域全体に、強力な「環境維持結界」が張られているわ。古代文明の遺産ね。……ということは、この先に「何か」があるってことよ』
ミラノがモニターに流れるデータを解析しながら警告する。カグラが不安そうに空を見上げた。
「……来ます。風が怒っています」
「風が?」
「はい。鋭くて、冷たい殺意を持った風が……たくさん!」
その直後、ミラノの警告音が鳴り響いた。
『探信儀に感あり! 12時方向、および3時、9時方向から急速接近! 鳥の群れ……じゃない、これは「有翼人」の部隊よ!』
雲の切れ間から、数多の影が飛び出した。
背中に大きな白い翼を持ち、銀色の鎧を纏った戦士たち。彼らは長い槍と弓を構え、正確無比な編隊を組んで『鯨』号に迫る。
「地上の穢れし者よ! ここは神聖なる天空の聖域である!」
先頭を飛ぶ、黄金の翼を持つ隊長らしき男が、拡声魔法で叫んだ。
「即刻立ち去れ! さもなくば、その鉄屑ごと地上へ叩き落とす!」
ガントが操縦桿を握りしめ、ニヤリと笑った。
「へっ、鉄屑だと? 俺の最高傑作を侮辱しやがって! 全員掴まってな、振り落とすぞ!」
ギュイイィンッ!!
ガントが船体を急旋回させる。数千トンの巨体が、まるで小鳥のように身を翻し、敵の放った魔法の矢を回避する。
だが、敵の数は多い。四方八方から包囲され、船体に衝撃が走る。
「甲板に取り付かれたわ! 中に入られる!」
リリアーナが叫ぶと同時に、彼女は操縦席を飛び出した。
「姫様!? 危ねぇぞ!」
「船内で暴れられるよりマシよ! 外の掃除は任せて!」
リリアーナは強風吹き荒れる甲板へと躍り出た。
そこにはすでに数人の有翼騎士が着地し、船壁を槍で突き破ろうとしていた。
「そこまでよ、空の騎士たち!」
リリアーナが構える。足場は揺れる船の上、周りは断崖絶壁ならぬ「何もない空」。
だが、彼女の体幹は微動だにしない。
「地上の猿が! 風に舞え!」
騎士たちが槍を突き出す。
リリアーナはその穂先を素手で掴むと、相手の突進力を利用して背負い投げた。
──王家一子相伝体術・天技『風車』
投げ飛ばされた騎士は、他の騎士と激突し、もつれ合って空の彼方へ落ちていく。
だが、空は彼らの主戦場だ。すぐに体勢を立て直し、再び襲いかかってくる。
「キリがないわね……!」
その時、船内放送からアルドの声が響いた。
『リリアーナ! 伏せろ!』
リリアーナが即座に甲板に伏せる。直後、船のハッチが開き、アルドが身を乗り出した。
彼は迫りくる無数の魔法の矢と、突撃してくる騎士たちに向かって、両手を大きく広げた。
「ミラノ、射線の計算は?」
『バッチリよ! 船の前方180度、全部収納範囲内!』
「了解。……ご自慢の武器ごと、預からせてもらうぞ!」
──広域収納:【敵対的飛翔体および武装(全弾)】
シュンッ……!
空が変わった。
『鯨』号に向かって放たれていた数百本の矢、そして騎士たちが握りしめていた槍や剣が、一瞬にして虚空へ消え失せた。
「な、何!?」
「我らの武器が……消えた!?」
空中に取り残されたのは、武器を失い、素手で呆然とする騎士たちの群れだけ。
アルドはニヤリと笑い、人差し指を振った。
「丸腰で喧嘩を売るつもりか? それとも、俺のコレクションに入りたいか?」
騎士たちが恐怖に青ざめ、後退る。その隙をガントが見逃すはずがない。
「どきなッ! 道を開けろぉぉッ!!」
ズドオォォォンッ!!
『鯨』号が最大戦速で突っ込む。戦意を喪失した包囲網の中央を、鋼鉄の塊が強引に突破した。
「……な、なんだあの船は……!?」
黄金の翼を持つ隊長が、遠ざかる船影を見つめ、戦慄した。
物理的な速さではない。あの船には、空の理そのものを喰らう怪物が乗っている。
◆
包囲網を突破した船内。リリアーナが髪を整えながら戻ってきた。
「ふぅ。いい風だったわ。……ナイスカバーよ、アルド」
「お前こそ、あんな場所でよく戦えるな」
アルドは肩をすくめた。
インベントリには大量の【天空騎士の槍(ミスリル製)】が追加されている。後でガントに加工させれば、船の強化パーツになるだろう。
『アルド! 前方を見て! 目的地が見えてきたわ!』
ミラノの声に、全員がフロントガラスを見る。
雲が晴れたその先。
空中に浮かぶ巨大な岩盤の上に、白亜の神殿と、ガラスのように透き通る塔がそびえ立っていた。
天空都市『セレスティア』。
かつて地上を支配し、今は忘れ去られた神々の庭。
「……綺麗。……でも、悲しい色がします」
カグラが窓に手を当てる。
そこは無人に見えた。動くものの気配はなく、ただ美しい廃墟が静かに空に浮かんでいるだけのように見える。
「最後の石板はあそこにある。……降りるぞ」
ガントが慎重に船を都市の広場へと着陸させる。
鋼鉄の鯨が、数千年ぶりに天空の大地に降り立った。
だが、彼らはまだ気づいていない。
この無人の都市には、生身の人間ではない、別の何かが「主」として君臨していることを。
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