最高鮮度のフルコースと溶けない氷菓子
交易都市オアラ。大陸の東西を結ぶこの街は、常に多くの商人や冒険者で賑わっている。
アルドは冒険者ギルドの裏口から出てきたところだった。
懐は暖かい。捕獲した賞金首ガロンを引き渡し、報奨金が支払われたからだ。
「さて……まずは補給だ」
アルドは大通りを避け、高級店が立ち並ぶ貴族街へと足を向けた。
彼の服装は地味な旅装束だが、堂々とした態度で街一番のレストラン『金の獅子亭』の扉を開ける。
「い、いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
「ああ。一番奥の、目立たない席を」
ウェイターはアルドの服装を見て一瞬眉をひそめたが、彼がカウンターに「ドン」と金貨の入った革袋を置くと、揉み手をして最上等の席へ案内した。
「ご注文は?」
「この店で一番高いコース料理を一人前。それと、追加で季節のフルーツタルトをホールで。……ああ、それから」
アルドは真剣な眼差しで付け加えた。
「料理はすべて、出来立ての最高に熱い状態で持ってきてくれ。1秒たりとも冷ますな」
「は、はあ……かしこまりました」
しばらくして、湯気を立てる極上のステーキ、熱々のスープ、焼きたてのパンがテーブルに並べられた。
香ばしい匂いが漂う。ウェイターがワインを注ごうとしたその時だ。
アルドはフォークもナイフも手に取らず、ただ料理皿に次々と触れた。
シュンッ、シュンッ、シュンッ。
テーブルの上にあった料理が、皿ごとすべてアイテムボックスに収まった。
「え……? お、お客様!?」
「味見は済んだ。皿ごと食ったが会計は足りるか?」
「は、はい、足りますが……お食事はどこに……?」
「腹に入ったよ。俺の『中』にな」
アルドは呆気にとられる店員を残し、席を立った。
──亜空間内部、姫の部屋。
そこには、今しがた収納されたばかりの料理が、宙に浮くテーブルの上に完璧なセッティングで並べられている。
ステーキからは湯気が上がり続け、スープは沸騰直後の熱さを保っている。
(姫様、今日のディナーはオアラ産極上和牛のステーキです。貴女が目覚めた時、口にするのは最高の料理でなくてはなりませんからね)
時間は止まっているため、百年後に姫を外に出しても、このステーキは「焼きたて」のままだ。
アルドにとって、この旅はただの輸送任務ではない。
亡国の姫が再び日の目を見るその瞬間に、最高のコンディションで送り出すための準備期間でもあるのだ。
店を出たアルドは、デザート代わりの林檎をかじりながら市場を歩いていた。
すると、広場の方から怒号と悲鳴が聞こえてきた。
「どいてくれ! 止まらないんだ!」
坂の上から、荷馬車が暴走してくる。車輪が一つ外れ、制御を失った馬車が市場の屋台に突っ込もうとしていた。
積荷は、木箱に入った大量の「雪解け氷」。北の山脈から運ばれてきた、この季節には宝石より貴重な高級品だ。
あれが砕け散れば、商人は破産だろう。人々が逃げ惑う中、アルドは逃げるどころか、馬車の正面に立ちはだかった。
「おい、死ぬぞ! どけ!」
御者が叫ぶ。馬の鼻先がアルドの目の前に迫る。
衝突の瞬間、アルドは両手を広げた。
──収納。
巨大な馬車、暴れる二頭の馬、そして積荷の氷。そのすべてが、質量と運動エネルギーを持ったまま、空間から消失した。
シン……と静まり返る広場。
アルドは何事もなかったかのように、道の真ん中に残された車輪の破片を拾い上げた。
「……あ、あ、俺の馬車は……」
腰を抜かした商人が震えながら近づいてくる。アルドは商人の肩に手を置いた。
「安心しろ。馬も氷も無事だ。ただ、今の勢いのまま出すと危ないから、広い場所で出してやる」
その後、街外れの草原で馬車を「解放」した。
慣性の法則ごと収納していたため、出した瞬間、馬車は猛スピードで数メートル走って止まった。
中の氷も、衝突の衝撃を受ける前の状態で保存されていたため、ひび一つ入っていない。
「あ、ありがとうございます! 『宝物庫』の噂は本当だったんだ……! この御礼はなんとすれば……金貨か? それとも……」
涙を流して感謝する商人に、アルドは首を横に振った。
そして、積荷の氷を指差した。
「金はいらない。その代わり、その氷を使ってこの街一番の菓子職人に『特製シャーベット』を作らせろ」
「えっ? そ、そんなことでいいんですか?」
「ああ。そして出来上がったら、溶け始める前の一番美味しい瞬間に、俺のところに持ってこい」
商人は困惑したが、すぐに笑顔で承諾した。
数時間後。
アルドの亜空間には、新たなコレクションが加わった。
【特製ベリーシャーベット(状態:冷凍・最適温度)× 1】
煌びやかなガラスの器に盛られた、宝石のような氷菓子。スプーンですくえば、口の中で淡雪のように溶けるであろうその食感は、永遠に損なわれることはない。
(甘いものもお好きでしたか? これでフルコースの準備は完了だ)
亜空間の奥、止まった時の中で椅子に座るリリアーナ姫の前に、デザートがそっと追加される。
アルドは満足げに頷くと、夕日が沈む街道を再び歩き出した。
だが、彼の行く手には、国境を封鎖する検問所の影が近づいていた──
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