嫌悪
謝罪もなく、元気かといった心配もしない。
平民の装いに、一言も言及しない。
わたくしに関心がないくせに、何を言っているの?
「気持ち悪いです。
戻るわけがないでしょう」
はっきり言ってしまったわ。
人を傷つけるようなことを言ってしまった……でも、都合よく解釈されたら困るもの。
「拗ねていないで、正直に戻りたいと言えばいいんだ。今度は可愛がってあげるから」
「そうだよ、ベネデッタ。昔みたいに仲良く暮らそう」
二人とも何を言っているのかしら。
以前のわたくしなら、喜んだかもしれない。
けれど、ちゃんとわたくしを見てくれる人たちに出会えた。もう、この人たちの表面的な言葉に騙されないわ。
この人たちに「愛されたい」なんて思わない。そもそもこの人たちは、自分以外の人を大切にできるのかしら。
「ふざけないで。今までわたくしをどう扱ってきたか忘れたとは言わせないわ。
わたくしの人生に、あなたたちなんか必要ない!」
思わず大きな声を出してしまった。
「ベネデッタ、落ち着いてくれ。
私たちも大変なんだ。優しい君の助けが必要で……」
王太子がなだめようとしてくる。
「わたくしを嘘つきの役立たずとおっしゃったくせに?
手のひらを返して、図々しいこと。真の聖女ソフィアに助けてもらえばいいでしょう」
「誤解していたんだ。騙されていただけだ。
君の代わりにあの女を処刑した。安心して、帰ってきていいんだ」
「……なんですって? 殺したと?
あなたの罪を押しつけて生け贄にしたのね。彼女は償いもせず、ただ死んだだけ。
わたくしのせいにしないで」
急に頭がシーンと冴えた気がする。
「こ、国民が困っているんだ。いつ魔物の襲撃があるか……みんな怯えている」
「追放されて国民ではなくなったので、わたくしには関係ないです。
わたくしだって、あなたと婚約なんかしたくなかったわ。譲っていいなら、ソフィアにあげるわよ。嫉妬なんかしません。
あんな性悪をどうやったら陥れられるのよ。どっちがいじめられているか見てわからないの?
それに、ここは魔物の生息地です。わたくしを殺すつもりで、ここに捨てたのですよね?
よくもわたくしの前に顔をだせたこと」
「いや、違うんだ……違う」
王太子の声が弱々しくなっていく。
「私は、反省している。
ベネデッタはしっかりした子だから、安心して甘えてしまったんだ。
私を利用した女は離婚して追い出す。ソフィアも、もういない。
実の子を追い出したと評判が悪くなって、外交官をクビにされたんだ。
お前が戻ってくれたら、復帰できる。一緒に外国に行こう。美味しい物をいっぱい食べよう。
なぁ、家族じゃないか」
「わたくしのために再婚したと恩着せがましく言ったのを忘れたの?
子どもの面倒を見たくなかっただけでしょう。だからわたくしがひどい扱いをされていたのに、見捨てたんだわ。どうでもいい存在だから」
一度冷静になれたと思ったのに、再び熱くなってきた。自分が抑えられない。
家族? あんな孤独に突き落としておいて、なにが家族?
「聞いてくれ。
王太子と違って、私はお前を利用してなんかいない。
逆に、娘が王太子妃になるからと優遇されるのを拒んできたんだ」
「自分は公正で高潔な人物だと言いたいの?
それとも、わたくしのせいで正当に評価されないという苦情かしら。
わたくしに社交をさせなかったから、知らないとでも思っているの? 教会にはたくさんの人が集まるから、意外と情報通なのよ。
あなたは無能だから出世できないのよ。たくさんの言語を話せても、人を不愉快にさせるから、重要な仕事を任せられないんですって。
わたくしのせいじゃないわ!」
一気に言って、息が切れた。
そして、気がつくと涙が出ていた。
ああ、今、子ども時代の自分が泣いている。
お父様を傷つけないように気を遣っていた自分が、かんしゃくを起こしている。
胸に収めていた秘密を、手放した。悪口じゃない、ただの事実だ。
ぐいっと涙を拭う。
「すみませんが、時間の無駄だと思いませんか?
あなたたちの言い訳を聞くのもうんざりですし、交渉できるような材料もないみたいですし。
大体、謝る気もないのに、何をしに来たのでしょう?
心のこもっていない言葉に感動して、尻尾を振って戻るとでも思っていましたか?
はっきり言って不快です。
ますます帰りたくなくなりました」
「だから! 戻って結界を張れ!」
王太子がベネデッタに手を伸ばした。
膝が床についたままなので、そのまま前のめりに倒れた。
カツンと音がして、耳が……落ちた?
「お前、救いようがないなぁ。まだベネから搾り取ろうとするのか」
ムスは王太子の背中に乗ると、爪で服ごと引っ掻いた。
王太子は悲鳴をあげ、血が飛び散った。
耳を拾って「これ、付け耳か。よくこんなの作る余裕があったな」と言いながら、バキリと握りつぶした。
「か、返せよぉ」
王太子は以前魔物に食いちぎられた耳を手で隠しながら、泣いていた。
「ベネデッタが怯えているぞ」
オッセルヴァが静かにムスを非難する。
「あ、あの、びっくりしたけど、大丈夫。
勝手なことばかり言うんですもの。こちらの気持ちを聞く気もなくて、話が通じないし……。
この人たちに出て行ってもらうには、どうしたらいいかしら?」
「そこの男が、転がっている男を連れて出て行けばいいのではないかな?
ベネデッタに危害を加えないと約束するなら、拘束を解いてやる」
オッセルヴァに問われて、侯爵は力なくうなずいた。
もともと情に訴える以外の手段がなかったのだ――




