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もう戻らない令嬢の話――偽物の聖女と断罪されて、魔族に拾われました  作者: 紡里


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言いなりには、ならない

 ベネデッタは、魔の森の入り口で人と会う約束をした。



 今まで、人族の村に行くのはまだ怖いので、刺繍の仕事の取り次ぎはリーナがやってくれた。

 そんな中、花嫁のベールの刺繍を依頼した女性が、ベネデッタに会いたいと言ってきた。


 魔の森の入り口までなら行っていいと、ムスから許可が出た。


「なんでムッさんの許可がいるんさ?」

 リーナが首をかしげる。


「変な奴に攫われたら大変だろう? 元婚約者とか父親とか……教会のジジイだって来たじゃん」


 そう言われれば、リーナも納得するしかない。

 そもそもベネデッタ本人が、許可を取ることに違和感を感じていなかった。いつも誰かに命令されていたので、「自由に、好きに行動する」という習慣がないのだ。



 待ち合わせ当日、光の家からリーナやムス、他にも顔見知りになった魔物たちと一緒に魔の森の入り口に向かった。

 ベネデッタの手には、心を込めて刺したベールがある。

 花嫁が幸せになりますようにと願いを込めた。


 喜んでくれるだろうか。見た瞬間に、感動してもらえたら嬉しい。

 お客様の反応を自分の目で見るのは初めてだ。

 ベネデッタはワクワクする自分を抑え、冷静にと言い聞かせるように胸に手を置いた。



 約束の時間をかなり過ぎてから、女性はやってきた。

 ムスは苛立ちながら木の上で寝ていたし、魔物たちにも飽きて帰ってしまった子がいた。


 リーナが、遅いと怒ってくれた。


「花嫁は準備で忙しいのさ」

 遅刻を謝りもしない態度に、ベネデッタは嫌な予感がした。


 リーナがベネデッタを紹介しようとすると、「ああ、いい。そったらことは」と途中で遮った。

 無遠慮にベネデッタの方に手を伸ばし、ベールを引ったくった。


「へー、こんな感じになったんけ」

 広げて、ミスがないかチェックしているようだ。


「あー、まあ、いい出来だと思うんだけんど……」


 ベネデッタはドキッとした。細心の注意を払ったつもりだが、ミスがあっただろうか。


「ここさぁ、花の色は違うと思うんだ」

 花の刺繍を指差した。


「ちょっと! 色は事前に相談したべ」

 リーナが反論する。注文をしっかり伝えなかったと言われるのは、リーナの仕事に対する侮辱だ。


「でも、気分が変わることってあるべさ」

 花嫁は悪びれない。


「それなら、今、ここで直しますわ。何色がよろしくて?」

 ベネデッタは念のために針と刺繍糸を持ってきてよかったと、微笑みながら質問した。


「そういう話じゃねぇべ。……詫びに、ちょいとばかし値引きしろって、言ってんの」

 花嫁は少しためらった後に、本題を切り出した。


「あんた、また、そんなコスイこと言って……。いい加減にしろってば」

 リーナが花嫁の腕を掴んだ。


 ベネデッタはその様子を見て、針も糸もバッグにしまった。

 以前だったら、花嫁の言いなりになっていただろう。だが、変わったのだ。

 不快、悲しさ、悔しさ。

 労力を返してという気持ち。

 作品を、こんな人に渡したくない。


 そんな自分の気持ちを、自覚して、大切にできるようになった。



「わたくしの仕事がお気に召さないのですね?」

 ベネデッタは心なしかゆっくりと、確認するように尋ねた。


「いや、そこまで言ってねぇ。少し気に入らねぇから、その分だけ安くしろって」

 花嫁はいやらしい下品な笑い方をした。


「ならば、交渉決裂ですね。わたくしは、自分の仕事を安売りしようとは思いません」

 少し声が震えてしまったが、ベネデッタは言い切った。


「ベネさん、よく言った」

 リーナが褒めた。

 ベネデッタはそれを聞いて、嬉しそうに微笑む。



 刺繍を渡したくない。だが、このベールは花嫁が用意した物だ。

 ならば、どうする?


 ――そうだ。なかったことにしよう。


 ベネデッタは、ムスが登った木の下で遊んでいる、ワイルドボアの魔物を呼んだ。

 まだ子どもで体も小さいが、ベネデッタによく懐いている。

「ボウちゃん。これを、刺繍を刺す前に戻してくれる?」

 ベネデッタはボウの背中を撫でながら頼んだ。


 ボウがベールをじーっと見つめていると、刺繍糸が逆回転を始め、どんどん刺繍が消えていく。

 ベネデッタは、空中に浮かび上がる糸を手際よく回収していった。

 花嫁は、それを呆然と眺めていた。



「はい、布と糸をお返しするわ」

 ベネデッタは丁寧にベールをたたみ、刺繍糸と一緒に差し出した。


「何してくれてんだ?」

 花嫁は悲鳴を上げた。


「時間を巻き戻して、刺繍をする前の状態にしました。

 あなたが気に入る人に依頼し直せばいいわ。ご自分で刺すのもいいかもしれないわね」

 冷たい表情で、ベネデッタは告げる。


「ま、間に合わないじゃない」

 先ほどまで勝ち気な顔を見せていた花嫁が、今にも泣きそうだ。


「気に入らないものを被るより、自分で頑張った方が幸せになれるのではないかしら?

 今後、あなたからの依頼はお断りします。手仕事を軽んじる方とは、ちゃんとした取引が成立しませんので」

 ベネデッタは決め台詞のようにきっぱり言い、花嫁に背中を向けた。



 花嫁の泣き声が聞こえたが、あんなズルい人に利用されたくないと心を鬼にした。

 ベールに刺繍がなくても、結婚式はできるはずだ。


 心臓がバクバクしている。

 どきどきしたが、言い返せた。そんな自分が誇らしいベネデッタであった。


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