密やかに
筆頭公爵の娘、ルクレツィアに宰相の妻が会いに来た。
最近、宰相を退いたので、正確に言うなら元宰相だ。
エンリコの形見分けをしたいと言われたが、正直、元婚約者の遺品など困ってしまう。
王太子フェデリコが婚約者のベネデッタを断罪し、そのまま魔の森に捨てに行かせた。
その断罪劇のシナリオを書いたエンリコが主犯とされ、王城に十年間立ち入り禁止という沙汰が下された。
王太子を罰することなく、側近に罪を被せたのだ。
エンリコは予定されていた宰相室ではなく、下町の役所に配属された。
彼は、王太子の浮気相手である毒婦のソフィアと関係を持っていた。
「浮気じゃない。あれは娼婦だ」
と弁明されたが、それで許せると思っていたのか。
それに、「断罪後の追放は他の奴らが悪乗りをして、勝手にやった」と言っていたが、御者に「魔の森に行った証として、花を取ってこい」と命じていたらしい。
信用できない男と生涯を共にするなんて――冗談じゃない。
こちらから婚約解消を申し出た。
そんな元婚約者の母だ。
正直に言って会いたくない。
だが、「突っぱねるのも人としてどうかと思う」と母が言うので、一度だけ会うことにした。
応接室にやつれた夫人が入ってきた。
「この度はお悔やみ申しますわ」
温かい飲み物を勧めて、挨拶をした。
「葬儀に来てくださって、ありがとうございました」
か細い声で、返事があった。
彼の葬儀はとても寂しいものだった。
学生時代に生徒会役員をしていたので、あの断罪劇がなければ葬儀に駆けつける人も多かったはずだ。
夫人が泣き出してしまったので、静かに紅茶を飲むことにした。
婚約者のままだったら、慰めの言葉をかけただろう。いや、一緒に泣き崩れていたかもしれない。
王太子に振り回されて苦労する者同士の、連帯感はあった。だから夫婦になった姿も描けていた。
同じストレスを抱えていたのに、そのことを、毒婦を抱いた言い訳にしたのが許せなかった。
ならば、わたくしは?
わたくしも、男娼に癒やしを求めてよかったとおっしゃるの?
わたくし、涙を隠そうとしない方って嫌いなのよね。
慰められるのを待っているのかと勘ぐってしまうの。
子どもの頃は、その子のために「直した方がいい」と教えてあげて、泣かれることがたびたびあった。
親切心からなのに、怖がられたり、性格が悪いと陰口を叩かれたりしたわ。
みんな、面と向かって言えないのよね。
つまり、正論を言っているのは――正しいのは、わたくしのほうということでしょ。
夫人の涙は、もしかしてご自分の将来を憂いているのかしら……。
前妻の産んだご長男が、後継者になるでしょう。そうなると、元宰相が亡くなったときに追い出される可能性が高いわね。
ご自分の息子、エンリコばかり可愛がっていたようですから。
ひとしきり泣いた夫人が鼻を啜った。
「お見苦しいところを……」
「いいえ。ご心痛、いかばかりかと……」
眉を寄せて、神妙な表情を作る。
速やかに本題に入ってもらいたい。
夫人が連れてきた侍女をさりげなく見る。持っている荷物は大きくないようなので、ホッとした。
「本当に遺品を持ってきたわけではありません。
婚約がなくなったのですから、困らせてしまいますでしょう?」
明るい口調になるよう努力している、健気な夫人。
返答次第で、遺品を置いていくかどうかを探っている気配を感じる。
「……残念ながら、ご縁がなかったようですから」
「そう……よね」
と、夫人がうつむく。
鼻に手をやり、すんと軽く音を鳴らした。泣くのを堪えたようだ。
「こちらの書類を差し上げるよう、夫から言付かって参りましたの。
領地を顧みることなく王都に避難している当主の一覧です」
「なぜ、そのような情報を?」
夫人がテーブルに置いた書類を、凝視しながら問いかける。なんだか手に取るのがためらわれた。
「こちらの家は、王弟殿下と繋がっていらっしゃるのでしょう?
あなたのお父上――公爵閣下がその臆病者たちから委任状をもらって、王弟殿下に差し上げれば、騒動が落ち着いたときに『略奪者』という汚名を被らずにすむと思うの」
泣きはらした顔でありながら、その目は妙な迫力を持っていた。
さすが、宰相の妻をしていただけのことはある。
ルクレツィアは内心、侮っていたことを反省した。




