光の家で(後編)
パオロが教会の後ろ暗い事情を暴露したところで、個室の方からガタンと音がした。
物音が司教の注意を引かないように、パオロは早口で続ける。
「こほん、話が逸れましたね。
つまり王都が壊滅しても、教皇は動きません。
貴族がいなくなっても、王都の外側で暮らす平民には生活を支える基盤ができているので。
競争相手を蹴落とすことだけ得意だったのは、お気の毒です。
実力が伴わない肩書きを得てしまったから、今、困っているのでしょう?」
「き、貴様!」
「結界は王国の象徴です。それを維持して、人々を魔物から守るから尊敬される。
教会は人々に善なる道を示し、光魔法の担い手の育成をし、光魔法を使えない人間にはいい波動を出す生き方をしてもらう。
――それを忘れて、権力を振り回すだけの人間など、誰にも必要とされません」
「無礼なことを申すな!」
唾を飛ばしながら、怒鳴り散らす。
「だって、すでに聖騎士が護衛についていないじゃないですか?」
パオロは司教の後ろの、誰もいない空間を指差した。
司教はハッとした。護衛がいなくなったのは、いつからだろう?
腹立ち紛れにグラスを投げつけたから、ふてくされているのかと……。
いや、護衛は何人もいるのだから、いないことがおかしいのだ。
司教が思考に沈んでいると、家の中からドーンとぶつかるような音が聞こえた。
「ちょ、ちょっと待って、壊れちゃうわ」
「ボウちゃん、飽きちまっただな。おじさん達は話が長くていけねぇ」
そんな声に、鍵を開ける音が続き、部屋の扉が開いた。
ワイルドボアの子どもが飛び出し、それを捕まえ損ねた女の子の姿が見えた。
「あ、ベネデッタ! いたな。出てこい! 王城で結界を張るのだ」
司教は目ざとくその人物を特定した。チェーンをちぎろうと力を入れ、扉をガタガタと揺らす。
「い、いやです!
教会は、わたくしを騙していたのですね」
ベネデッタは震える足で、しっかりと正面を向いた。
「どうして? わたくしの心の拠り所だったのに。
光の神の教えを利用して、好き勝手しているだけじゃない。汚いわ。卑怯者。
全然偉くない。立派じゃない。わたくしに我慢させて、自分だけは楽しむの?
魔族だって遊びながらも、自分の役目を果たすわ。魔物だって群れのルールは守ってる。
あなたはそれ以下よ」
ベネデッタは、自分の感情をコントロールできなくなった。
頭に浮かんだ言葉を、言っていいか考えることができず、大声で吐き出す。
司教は玄関の扉の隙間に靴の先をねじ込み、締められないようにした。
「人々が困っているのを、お前は見捨てるのか?」
司教の仮面が剥がれた薄汚い男は、ベネデッタのお人好しな部分に付け込もうとする。
一瞬ベネデッタは怯んだが、パオロのフォローが入った。
「どの口が言っているんだ。
司教まで上り詰めたお前が何とかすべきことだろう。
若い女の子に押しつけて、お前は酒太りか」
「ストレスが溜まるのだ。少々の美食と女くらい当然だろう」
司教は目を血走らせ、扉を壊しても開けてやると力を込めた。
「最低だな、こいつ。うるっさい」
ムスが屋根の上から司教に何かを吹きかけた。
司教の目がとろんと眠たげになり、扉から手を離した。
扉が閉まる。
窓から様子を見ると、ふらふらと馬車に戻っていくところだった。
ベネデッタは自分の胸を押さえて、呆然としていた。バクバクとすごい早さで、心臓が暴れている。
リーナがそっと手を引いて椅子に座らせる。
そして、リーナは手際よくお茶を淹れた。
司教を光の家に入れなかったので、用意していたお茶もお菓子もそのままだ。
「彼は、ここで話した内容を覚えているでしょうか?」
パオロはチェーンを外して外に出て、屋根の上にいるムスの方に手を伸ばした。
ムスはパオロに抱きかかえられたまま、「夢か現実か悩むくらいの感じかな」と答えた。
「でもあいつ、すでに精神の境界線がぐちゃぐちゃになってた。まともな思考はできてないと思うぞ」
小皿に入れたお茶に息を吹きかけて冷ましている。
「まあ、数十年前に魔の森に捨てた男に縋ろうと考えるの自体が、おかしいですね。
もう死んでいると思って安心していたはずでしょうから」
パオロもお茶を飲み、張り詰めた空気を和らげていく。
「あ、私もベネデッタさんのように、怒鳴って責めればよかったな。
魔の森に捨てられて、どんなに苦労したと思っているんだって」
ベネデッタは顔を赤らめ、両手で頬を隠した。
「嘘吐け。光魔法で自分の身を守ってたし、魔王城で歴史資料を見せてくれって直談判しに来たじゃないか」
「でも、村に受け入れてもらうには時間がかかりましたよ。食べ物を分けてもらうのも大変で」
眉を下げて、少し困ったような顔になった。
「世話焼きの娘と早々に結婚しておいて、何を言ってんのさ」
「だって、『訛ってないのが素敵』って、積極的にアプローチされたんです」
パオロが惚気話を始めた。
リーナが玄関を開けてボウを出してやった後、「父ちゃん、また始まったべ」と苦笑いした。
床にはボウにあげたお菓子のクズが散らばっている。リーナはしゃがんでそれを拾い始めた。
「真面目な話、彼の顔を見たら殴ってしまうかもしれないと思っていました。
けれど驚くほど、どうでもよかった。
彼が幸せそうじゃなかったからかな……」
パオロは玄関を見つめて、呟いた。




