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もう戻らない令嬢の話――偽物の聖女と断罪されて、魔族に拾われました  作者: 紡里


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光の家で(中編)

 扉をほんの少し開け、ムスが出て行った。

 すぐに司教の体を登り、爪でガリッと引っ掻いた。


「うわぁ、なんだ?」

 司教はその場で、一人で踊るようにジタバタしている。


 その隙にパオロは扉を閉め、チェーンをかけた。


 ムスが屋根に飛び乗り、司教は息を切らして座り込む。


「おい。ふざけるな! 今のは何だ? 開けなさい」

 司教は膝に手を当てて立ち上がると、再び扉を叩きだした。


 パオロは深いため息を吐いて、少しだけ扉を開けた。

「……何のご用でしょうか」


「おお、パオロよ。やはり生きていたのだな」


「さて? そのような名の司祭がいたとして、魔の森で何年も、何十年も生きていられるとお思いか? すでに亡霊かもしれませぬぞ」

 パオロは芝居がかった話し方をした。

「その亡霊に取り憑かれて死にたいのかな?」


「いや、あのときは……悪いことをした。

 司教になるためには、優秀なライバルであるお前が……怖かったのだ」


「殺そうとしたことを悔いることなく、教会で昇進していったのか。図々しい奴だ。

 お前のような奴をのさばらせておくとは、教会も腐っているな」

 パオロは嘲るように言った。


「私は、今、反省をしている。そして、あらゆる者を守るために、結界を……強固な結界を作らねばならんのだ。私の名の下に、歴史に残るような結界を」

 司教の欲にまみれた願望が、言葉の端々に漏れている。


「くだらない。結局はお前の名を上げるためじゃないか。

 はっきり言うが、お前から欲望にまみれた腐臭が出ているぞ」

 薄く開けた隙間から見ても、司教が怠惰な生活を送っていることがうかがえる。


「魔力のない人間の場合、好意は光、憎悪が闇魔法に似た波動を作る。

 人族は闇魔法を持つ者を排除するが、魔族は光魔法を持って生まれた者をこの光の家に住まわせる。否定しない、殺さない。

 人族のような文化を創らないだけで、蛮族ではない。

 都合が悪ければすぐに殺そうとする、お前の方がよほど野蛮だ」


 司教が思いがけないことを言われて、ショックを受けている。

 真っ赤になり、口をパクパクと意味もなく動かす。反論したいが、思いつかないと言ったところか。


「魔王も教皇も、大きくこの世の理が傾かないように見つめているだけです。

 国家が滅んでも、その国の中央教会が壊滅しても介入しません」

 パオロは一度深く息を吸い、冷えた声で続けた。


 現在、パオロは娘のリーナと共に、魔王城で仕事をしている。

 オッセルヴァの人族方面の相談役として、機密事項にも触れていた。


 目の前にいる司教が、教皇に支援を求めるかどうかで騒いでいることも知っている。

「あなたが苦渋の決断をして支援要請をしても、聖騎士も聖女も派遣されませんよ。

 派遣を検討してもらえる時期は、とっくに過ぎています」


 依頼するならば、前の大聖女の聖力が衰え始め、ベネデッタが後継者になれるほど力をつけた時期だった。

 王太子と婚約を継続するか、王家との関係調整をどうするかを、教会の未来を左右する事柄だと相談したなら、回答があっただろう。

 場合によっては、複数の聖女が教会本部で特別訓練を受けることで、国の結界維持に足りる態勢を作ることもできた。


 どちらの案も、時間がかかる。

 結界が崩壊してから相談されても、「もう手遅れだ。なぜもっと早く報告して相談しなかったのか」というお叱りが来るだけだ。


「それに、王弟殿下が地方を巡り、大きな被害が出ないようにされています。

 あなた方が、王都で右往左往している間にね。

 王弟殿下の奥方は、地方の小さな教会に平民の光魔法の使い手を集め、教会だけの小さな結界を張れるように指導しています」


「な……それは、教会の秘密だ。平民に結界魔法を教えるなど教義に反している!」


「いいえ。聖典にそのような文言はありません。

 昔の教皇が貴族を優遇するために、貴族の光魔法を『聖力』と呼ばせただけです。

 百年くらい続いてしまいましたが、万民平等派の教皇が改めるように触れを出しました。

 世界的に『聖力』という言葉は廃れつつあります。

 この国では数代前のスケベな司教が、『聖力を持つのは女性だけ、つまり聖女だ』と言い出し、独自の文化を形成してしまいましたが」


 パオロは扉の隙間から見える司教の表情をじっと見ていた。

 この顔は……「この国だけ」ということを知らず、衝撃を受けているのだろうと判断した。



 司教は自分の国で威張りたいだけなので、他国の教会とあまり交流しようとしていなかった。

 何度か交流したが侮られていると感じたようで、それ以降は関係を断っていた。

 時代遅れの体制を取っていたせいだと知り、どんな気持ちになっているのだろう……?

 いや、国の体制に加えて、本人の性格が人を遠ざけるのだと思うが――。


「平民を排除し、男を排除したら、結界の維持が難しくなるのは当然でしょう」

 パオロは呆れたように言い放った。


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