光の家で(前編)
その日、ベネデッタは部屋から出ないようにと、リーナに言われた。
司教が来るから、見つかったら連れ戻されるよと。
絶対に出ない、鍵を掛けると誓った。
猪の子どものような魔物が、遠見鏡をつけてベネデッタの部屋に来た。
魔物と二人で大人しくしていろということかと思ったら、リーナも部屋に来た。
「ワイルドボアのボウちゃんだ。いざとなったら土魔法で守ってくれるんだ」
ボウはリーナの言葉にうなずいた。
「ボウちゃん、よろしくね」
そう言って背中を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。
軽食と飲み物をリーナが用意して、ベネデッタの部屋はちょっとしたお茶会のようだ。
「父ちゃんが来て、ここで司教を出迎えるんだ。
そっちのお茶の用意もしてきたでね」
「それなら村でお話しした方がいいのでは?」
「ううん。あの司教が父ちゃんを魔の森に捨てたんだ。うんと昔のことだけど。
どの面下げて来るんだべな」
リーナが静かに怒っている。
玄関を開ける音がした。登録してある魔力を流すと開く仕組みを、鍵の代わりにしている。
聞こえてくる声から推察すると、ムスがルカを眠らせた状態で連れてきたらしい。
ルカは司教の実の息子だが、表向きは甥という関係だ。
部屋の鍵を開けて廊下を見ると、使っていない部屋にルカを運び込んでいるところだった。
話の流れで乱入させた方が面白そうなら、彼を起こすそうだ。
ゴリラのような立派な体格の魔物は、ルカを床に置くと軽く頭を下げて家を出て行った。
「あん人は、わりと紳士的なんだ」
リーナがこそっと教えてくれた。
ムスはするするっと棚の上にのぼった。
「僕は置物のふりをして、見物してるから」
リーナの父が入ってきた。
「ベネデッタさん。初めまして。パオロと申します」
昔この家に住んでいたことがあるので、鍵を開けることができると説明された。
「こんな可愛いお嬢さんが住むなら、私の魔力登録は削除した方がいいかもしれないね」
「でも、パオロは研究で奥の部屋を使うでしょ」
ムスが棚の上から会話に参加した。
「まあ、その辺りは後で相談しましょうか。
そろそろ、招かれざる客が乱入してきそうですよ」
パオロの言葉で、ベネデッタとリーナは部屋に隠れた。
だん、だんと乱暴に扉が叩かれた。
パオロは玄関まで歩いて行ったが、そこで立ち止まり、黙り込んだ。
外にいる人物には、中にいるパオロの足音が聞こえたはずだ。
お互いに相手の様子をうかがうような時間が流れる。
沈黙の後、罵る声が響いた。
パオロはその悪口が引き金になり、昔の因縁を芋づる式に思い出す。
そのたびに許せない記憶が蘇り、表情が抜け落ちていく。
ムスは棚の上から、それを面白そうに眺めていた。
普段は明るい人間が見せる、仄暗い側面が堪らなく魅力的なのだ。
外にいる人物はしびれを切らしてドアノブに手をかけ、ガチャガチャと開けようとした。
パオロは「誰かいないかと、声もかけずに不躾な」と小さく呟き、テーブルに戻って椅子に座ってしまった。
足を組んで、外の人物がどう行動するのか観察し始めた。
外から扉を蹴る衝撃が、家全体に伝わる。
ベネデッタはリーナと抱き合って、恐怖に耐えた。
「足に強化魔法でも使ったんだべか。無法者だな」
リーナはぶつくさ文句を言ってから、ボウを抱き寄せた。そうすると遠見鏡が見えなくなってしまうが、震えている魔物を安心させる方が重要だ。
「だ、誰かいるんだろう? は、早く開けなさい!」
ついに司教が大声を上げた。一人で暴れて息が上がっているようだ。
パオロは面倒くさそうに立ち上がり、ムスに話しかけた。
「ムステッロ様。扉を開けたら、顔に飛びついて引っ掻いてやってほしいのですが、よろしいですか?」
「ん? それはいいけど。話し合いはやめるの?」
「あの男の性格を思い出しました。変わっていないようなので、おそらく話し合いになりません。
持論を押しつけて、喚くだけなので時間の無駄かと。
それによく考えたら、醜悪なものを自分のテリトリーに入れたくありませんので」
眉間に深いしわが刻まれている。
「ええ? 言い合いしてほしいのにな」
「では、ムステッロ様が飛び出した後にチェーンをかけます。
扉越しに少し話しますので、屋根の上からのぞき見していただけますか?」
「んん。それでもいっか。了解」
ムスは軽々と棚の上から飛び降りた。




