光の家へ
王都の中央教会の司教は発狂しそうだった。
何もかも、うまくいかない。
王都の中央教会は貴族が利用し、その他の教会は貴族と平民が共同で使う。
王城の教会は、王族と国の結界のためのもの。
それぞれで重要度が異なる。
司教は、中央教会でこの国にある教会を統括している。
王城の教会もその中の一つで、大聖女はそこを中心に活動しているに過ぎない。
先日、王城の教会が半壊した。
魔物によって尖塔が壊されたのだ。
王城の教会にある結界の石が無事で本当によかった。
新任の大聖女が中央教会に逃げ込んできたので、追い返してやった。
王城の教会を死守しろと。
他国にある教会の本部へ救援を求めてほしいと、宰相から何度も頼まれた。
そんなことをされたら、自分の管理責任を問われそうなのでその度に断っていた。
王都で魔物を見かけて、慌てて「国王から教皇に依頼を出すならいい」と言ってやった。
それなのに、その後の連絡がない。早く、教会の本部から応援が来ないと、私が危険に晒されるではないか。
この司教は、なかなか承諾しなかったのは自分なのに、一度承諾したら早く来いと急かすような男だ。
身勝手な理屈を、恥ずかしげもなく主張していた。
「どうしよう……どうすれば……だめだ、助けろ。誰か……怖い……怖い、まずい、まずい……」
ブツブツと呟きながら、部屋をうろついている。
――まだ、やれることはあった。
教会が把握している平民の光魔法の使い手を集めることもできた。
教会を避難所として開放してもよかった。ちゃんと調べれば、被害に遭っているのは尖塔の部分だけだと気づけたはず。
近隣の国の教会に助けを求めたら、避難民を受け入れてくれたかもしれない。
そのようなことを一切せず、自分の面子だけを心配していた。
王城の教会にいた聖女たちの安否を確認もしないで……。
この男は、教会の本部に鎮座する教皇が、この国の結界が薄れていることを承知しているなど、想像したこともなかった。
元大聖女とその派閥の聖女たちが本部に逃げ込み、受け入れてもらえずに帰国しているということも知らなかった……。
「そうだ! かなり昔に魔の森に追放した男。あれが生きていたら……」
司教ははちきれそうな腹を揺らしながら歩いていたが、ぴたりと立ち止まった。
教会の歴史を研究していて、「聖女」が政治的に作られた存在だと知ってしまった男だ。
人知れず魔の森に捨てに行き、記録には「清貧に馴染めず、聖具を持って逃走」と書いた。
あれは確か、光魔法を使える者だった。
もし生きていたら秘密を暴露する手段を取り上げて、結界を支えさせればよい。
結界を張れるのは「貴族女性である聖女のみ」ということになっている。男だから、人前には出せない。
喉と利き手を潰し、聖力を吸い上げるブレスレットを嵌めさせて、監禁すればいいか。
魔の森で男が何十年と生きていることを前提にした計画など、現実的ではない。
追い詰められた司教は、徐々におかしな行動に出始めた。
その様子は小型の魔物を通して、魔王たちに監視されている。
独り言が多くなったせいで、何を考えているか、遠見鏡で把握しやすくなっていく。
そして、捕虜にされている、司教の息子であるルカにも映像を見せた。
嘆いたり怒ったりするルカの姿は、魔物や魔族にとって滑稽なコメディのようで、格好の娯楽だった。
魔族が王城を襲ったことで、人族には魔の森に来る余裕はなくなった。
魔の森の入り口の警戒を緩めることにしたので、司教は馬車で魔の森に入ることができた。
教会の下男に御者をさせたが、怯えていちいち騒がしい。
ルカがベネデッタを捨てに来たときの車輪の跡は、とうに消えていた。
だが、魔物たちが少し遠くから馬を脅かすことで、光の家まで誘導していく。
次なるショーを見るために、「役者」を光の家に集めるのだ――。




