人族は難しい
ムスがオッセルヴァの部屋を訪れた。
「主、時間ある? 面白いのを持ってきたよ」
下半身が蛇の人物が振り返った。
「ムステッロ様。ご機嫌麗しいようですね」
「ああ、エキドナのご令嬢。あなたも楽しそうで、なによりだ」
ムスはいつもより落ち着いたしゃべり方に代えた。
「今、主様に人族の王城のご報告をしていたところですの」
そう聞いて、ムスはするするとオッセルヴァの机に登った。
その途端、威厳のある口調からいつもの話し方に戻し、「僕にも聞かせて。何なに?」と目を輝かせた。
人族の結界が薄くなり、魔族の水や空気と混ざり合うようになっている。
闇魔法の成分が含まれているだけなのだが、人族はそれに触れることで不快感や怒りを増幅される。
人族の負の感情に触れて、水も空気も悪質なものに変化する。
王都は、不快な環境にますます負の感情が湧くという、負の連鎖に入った。
そして、最も堅固な結界で守られていた王城が、今や最も瘴気が濃い空間になっている。
――という報告だった。
「人族が汚した水や空気が魔族領に入り込まぬよう、逆にこちらが結界を張るのも一興かと存じますわ」
「仮にそれをするならば、必要な人材と時間を割り出すように」
オッセルヴァが指示を出した。
「御意」
と恭しく頭を垂れる。
「魔族に結界を張られたら、人族はどう思うんだろうね」
ムスが楽しそうにしゃべり出した。
「そうそう、近衛騎士もどきのトンマーゾを王都の下町に飛ばしただけで、いろんなことが起きたんだ。
面白いよ。見る?」
ムスが持ってきたのは、ラモーゾが手下に撮影させて編集した一連のできごとの映像だった。
三人で鏡をのぞき込む。
エキドナのご令嬢は、注意深く自分の尻尾の向きを調整した。
「あはは、友達を殺しちゃった。
で、手強い宰相が王城からいなくなった、と。
こっちに都合よく進みすぎだね」
ムスはツッコミを入れながら、げらげらと笑っている。
「わからぬ。
なぜ宰相は国王を排除せずに、自ら去るという選択をしたのだ?
周りにいる者たちも、有能な男を見送り、無能に従おうとするのはどのような心持ちなのか?」
「国王は偉い人という刷り込み……でしょうか?」
エキドナのご令嬢は、考えながら答えた。自信がないようで、尻すぼみになっていく。
「だが、人族には血に宿る血統魔法はないと聞く。
腕力、魔力、知力のどれも優秀とはいえぬ人物に見えるが、どのあたりが『偉い』のであろうか。
我々の知らない能力があるとするならば……」
オッセルヴァが真面目に悩み出した。
「あ、魅了とか?」
ムスが指を鳴らし、ウィンクをした。その指先の鋭い爪が、ろうそくの光を反射させた。
カツカツカツと廊下を蹄の音が近づいてきた。
「主様、失礼いたします。もしや、こちらに遠見鏡の記録が届いていますでしょうか?」
丁寧に挨拶をしたラモーゾは、ムスの姿を見て目を吊り上げた。
「ムステッロ! 勝手に持ち出さないで!」
ラモーゾが小さな声で怒る。
「ちらっと見たら上出来だったから、すぐに主に見せたくなっちゃって」
ムスは可愛い子ぶって、舌を出した。
「もう一度見直して、わかりやすく編集するつもりだったのに」
「ラモーゾの完璧主義。これで充分楽しめるし、理解できるよ」
ムスはちっとも悪いと思っていないようだ。
「よい。ラモーゾ、いい仕事であるぞ。この調子で励め」
オッセルヴァが王者の風格のまま、褒め言葉を口にする。
「はっ。光栄です」
ラモーゾは少し緊張しながら、答えた




