光の家
ベネデッタは混乱していた。
凍り付いた感情を自覚して、表現する。
それを積み重ねていたら、生きているのが辛くなくなった。
だが、自分を魔の森に捨てたルカを前にして、同じように傷つけてやりたいという気持ちが抑えられずに、傷つけてしまった。
知らない誰かのようだった。あれが自分の中から出てきたなんて信じたくない。
流れる血を見て、「思い知ったか」と言いそうになった。
自分が怖い。
感情を持つのはやっぱり駄目なこと。悪いことなんだわ。
継母や司教、王妃に言われた「躾」のための言葉が次々と襲ってくる。
布団に潜り込み、自分を責めて震えていた。
リーナは食事を持ってきたり、話しかけたりするが反応がなくて、おろおろしている。
ラモーゾはその様子を見て、オッセルヴァに進言した。
「主様、ベネデッタを『光の家』に移しましょう。
長く可愛がるおつもりなら、壊れる前にメンテナンスしませんと」
オッセルヴァは眉をひそめたが、「好きにしろ」と了承した。
突然、ラモーゾに引っ越しを提案された。
「聖女には、魔王城の空気が肌に合わないのかもしれません」と。
自分の凶暴性に怯えていると説明もできず、彼女に従うことにした。
洞窟から魔王城に避難するとき、ムスの後をついて走った道を、逆に辿る。
ゆっくりとベネデッタのペースで歩いてくれた。
食欲がなく、体力が落ち始めているので、リーナと腕を組む。
珍しい植物が目に入る。
足元は少し湿った土と葉っぱで、滑らないように気をつけないといけなかった。
光の家は、数日間暮らした洞窟の近くにあった。
そこは魔の森の中にあって、聖水が湧き出て、光気が噴き出す場所。
ベネデッタと同じように、魔の森に捨てられた人間がいた。
魔族の中で光魔法を発現した者が、暮らしていた時期もあった。
小さいけれど、しっかり建てられた家だ。
見上げれば、天井近くに光がたゆたっている。
「魔王城は瘴気が濃い場所に建てられているから、ベネさんにはキツかったろう?」
リーナがニコニコしている。
「それを言うなら、リーナも少しキツかったんじゃない?」
「オラは仕事で金をもらえるし、夜は村に帰ってたしな。
元々、魔の森に接している村で暮らしているから、都会の人より強いんだ。
ほら、ここなら深呼吸できるベ」
魔王城では深く息を吸い込むとむせることがあった。
確かに、空気が吸いやすい。
それに常に薄暗い魔王城に比べたら、ほんのり明るいこの建物はとても居心地がいい。
「ここなら、刺繍がすいすいできるわね」
ラモーゾとリーナに連れられて、ベネデッタは久しぶりの笑顔を見せた。
「いやいや。寝込んでたんだから、数日は刺繍するの禁止だべ。手先だけ動かしてるわけじゃなく、集中するとえらく疲れるはずだ」
「そんなぁ」
ベネデッタが情けない声を出した。
「やりたかったらご飯を食べて、ちゃんと寝て、元気になるだ」
リーナは譲らない構えで言う。
「ここで体調を整えて。後のことは、健康を取り戻してからね」
ラモーゾにも念を押されてしまった。
ちらりと、最初からこの家を紹介してもらいたかったと思ったが、それは口に出せなかった。
なんとなく、そこまで言ったら「我がままだ」と嫌われそうな気がしたから。




