好きか嫌いか
「えっと……今日はこっちにしようかしら」
ベネデッタは、自分の好みが少しずつわかってきた。
その日着るものや食べる物。
「差別をしてはいけない、我が儘を言ってはいけない、好き嫌いしないで食べろ」
それは相手を不快にさせないマナーというだけで、心の中は自由でよかったのだ。
治癒魔法をかけた後に文句を言われて「治癒しなければよかった」と思ったことがある。
自分の精神が未熟なのだと反省したが、「そんなことを言うなら次はやらない」と言ってもよかったのかもしれない。
「そう考えても、罪じゃないかしら?」
とリーナに告白したら、鼻で笑われた。
「いんや、甘いね。治癒魔法を引き上げて、元の状態に戻してやれ」
「え、あら……そう?」
驚いてしまった。
「軽く扱われたら、仕返しをしねぇとつけあがる。何度も繰り返す。
教育してやるのが、そん人のためになるべさ」
リーナの話を聞いていると、村の女性は逞しいようだ。
治癒魔法をなかったことにする技は知らないけれど、治癒の力を注ぎすぎると逆に体に良くないと言われている。
「仕返し……ねぇ」
と、少し考えてしまった。
「今日は、主とお茶する? しない?」
ある日突然、ムスが訊きに来た。
「きっとお忙しいでしょう」
ちょっとどきどきしながら聞き返す。低音のいい声だったことを思い出した。
「僕はお茶するけどね?」
「え、ずるい。それならわたくしも……」
「素直にそう言えばいいのに」
ニタァとムスが笑った。
「飲み物は何にする?」
「あ、領主様と同じもので……」
緊張して硬くなるベネデッタ。それでも魔王ではなく「領主」と呼ぶことを忘れない。
「いや、我々はこの土地の水で、あなたのものは聖水で淹れるので、同じ物である必要はないよ。
そもそも、私も淹れてもらうのを待つだけなのだが」
気を使うなと言われたようだ。
同じ物を飲み食いできないことが、少し寂しい。
「あ、はい。では、このハーブティーがいいわ」
気持ちを飲み込んで、リーナにリクエストを伝えた。
テーブルの上に果物や木の実が並ぶ。ベネデッタも食べられるものばかりだ。
「ここでの暮らしには慣れたか」
「とても良くしていただいています。
ただ、少し光が足りないと感じてしまうのです。刺繍をするときに手元が少し――」
思い切って、要望も述べてみた。
「ああ、光量ということかい? この森全体が、人族の領域に比べて光が弱いからね。
ろうそくよりも明るい魔道具がないか、調べてみよう」
ベネデッタは「魔族の環境に文句があるのか」と言われなくてよかったと胸をなで下ろした。
今までは、何かを要望することと不満に思うことを一緒にされ、「役立たずのくせに文句ばかり言う」と怒られることもあったので――。
とても穏やかな時間で、質問したり感想を述べたりといった交流ができた。
ベネデッタは気になっていることをぶつけてみた。
「こちらに長いことお世話になっていますが、人族の村に行って生計を立てるように考える必要があるのではないかと思うのです」
「君がいることは、迷惑ではないよ。また、人族の村に軍人が大挙してきたら大変だろう」
「もう随分と時間が経っていますし、わたくしのことなど忘れているのではないでしょうか」
「そう思うかい? そろそろ王城の結界が壊れるかもしれないよ。大慌てで、君を捜しに来てもおかしくないと思うな」
「え? でも、大聖女様も他の聖女様もたくさんいらっしゃいますし、ソフィアがわたくしの代わりをすると自信を持って言っていましたわ」
「……ああ、そうだったっけね。そうだ。心配はいらなかったねぇ」
オッセルヴァは話を合わせた。
彼女は、大聖女が王都を見捨てて教会本部に逃げたことも、ソフィアが殺されたこともしらないのだ。
そして、自分の聖力が次の大聖女と目されるくらい多いことも、それが腕輪を通して盗まれていたことも。
「ただ、村に行ったら寝具は硬いし、村の男たちに言い寄られたりするかもしれない。
心穏やかには暮らせないよ」
「それは、困ります」
「だろう? ならば、ここにいるといいよ」
一連の親切な言葉はベネデッタを安心させた。
お茶の時間が終わり、ベネデッタが部屋に戻っていった。
「恐縮したり照れたり、見ていて飽きないね。
そろそろ、怒りの感情も見てみたいが、嫌われたくはないな」
オッセルヴァは本性を垣間見せた。
「それなら、あの男たちを使えばいいですよ。近衛騎士のなり損ないと、教会の生臭坊主」
ムスがけけけと笑う。
「ですが、聖女である彼女が魔王城で暮らすのは辛いと思いますよ。
森の中の『光の家』に移してあげたらどうです?
主様が会いにいけばいいのですから」
ベネデッタが退出してから来たラモーゾがそう提案した。
「先ほど『光の家』に行き、受け入れ体制が整っていることを確認してきました。
光気の吹き出し口に立つ家なら、彼女は今より健康になれます」
「まあ、考えてみるよ。そのうちね」
とオッセルヴァは気の乗らない風情で答えた。




