王太子の誤算
誰もが、私を非難する。
おかしい。
私は絶賛されて、ベネデッタが非難されるように準備してきたのに。
それは大成功で、学園のパーティーからベネデッタは追い出された。
婚約破棄を突きつけ、未練がましく戻ってこないように遠くへ側近のルカが捨てに行ってくれた。
ソフィアが聖女として讃えられ、私もその恋人として褒め讃えられるはずだった。
悪を成敗して、私は輝かしい未来を掴むはずだったのに――。
次にソフィアが私たちを騙していたとわかったから、人前で処刑した。
その英断に人々は歓喜し、ちょっとした過ちは過去のものになると思った。
ところが、興奮した民衆がその舞台をめちゃくちゃにした。
私は怪我をして、父上に勝手なことをするなと怒られた。
そういう段取りが上手だったエンリコが、私の近くにいないのが悪い。
宰相に息子はどうしたのか尋ねたら、嫌な顔をされた。
「あれから何ヶ月も経ちました。今ごろお側にいないことに気がつかれたのですか」
「いや、だって、一学年上だから、先に卒業したんだと……」
「ええ、おかげさまで卒業だけはできました。その先の、将来は潰えてしまいましたが」
そう言うと、宰相は「忙しいので失礼」と去っていってしまった。
父上に、学園の生徒会で何をやっていたのかと叱られた。
根回しや段取りを学ぶために、王族は生徒会の役員になるのだと。
え、そんなこと言われていない……気がする。
宰相の息子エンリコとその婚約者ルクレツィアに任せていた。生徒会メンバーとして、いろいろとやってくれて感謝している。
ルクレツィアは、ベネデッタが出しゃばらなければ私の婚約者になっていたはずで……。
気が強いけれど優秀なんだ。
女性だけれど生徒会で能力を発揮できて、喜んでいたと思う。
そうだ。
エンリコの未来がないなら、きっと婚約を解消している。
次の婚約者にしてあげよう。
筆頭公爵家だから、喜んで受け入れるだろう。
彼女の家に行くと、なんだか空気がきれいな気がした。
久しぶりに深呼吸できて、清々しい。
今日は素晴らしい一日になる予感がした。
ところが、ルクレツィアはご機嫌斜めだった。
「王太子殿下、あなたは学園にも来ないで、何をしていますの?
王宮にいたところで、大して役に立たないでしょうに。卒業しないおつもり?
一体、何をしに我が家にいらっしゃったのです?」
そんなに私のことを心配していたのか。幸先がいい。
「君とエンリコの婚約はどうなっているんだい?」
堂々と、ずばり訊いてしまおう。
「……解消いたしましたけど。ですから、彼が今どこで何をしているかは――」
「違う。エンリコのことはいいんだ。君に婚約者になってもらいたくて……」
思わず被せ気味に言ってしまった。
「わたくしも幼いときは、王太子妃になると思っていました。
婚約者を選ぶ場で、『我こそは』と張り切って失敗しましたわ。
ぶどうを食べると、蕁麻疹が出てしまいますの。
参加者の食べられない物を出すなんてありえない、誰の陰謀かと騒いでしまって……選ばれなかったのも仕方ないですわ。
まさか、王妃殿下がろくに采配できないだけなんて、考えも及ばず」
ルクレツィアはにこりと笑ったが、目が怖い。
「エンリコと婚約破棄した理由は、一人の女性を王太子と側近で共有していたなど、悍ましいからですわ。
一緒に生徒会で仕事をして、いいパートナーになれると思っていましたが、許せません。
ですから、同じ穴の狢のあなたと婚約など、するわけがありません。
人任せで自分では何も決められない坊やのお守りなんて、もっと嫌ですわ」
「それは、断ると言うことか?」
「ええ、そうです。
我が家は王弟派に鞍替えして、あなたの後ろ盾を辞めました。
あなたとベネデッタ様をお飾りにして、きちんと後ろで指示を出そうと思っていたのですよ。
けれど、あなたは無能な上にろくでもない男だった。
一度は愛した女をなぶり殺しにしたんですって?
王都の混乱が落ち着いたら、あなた裁判にかけられるのではない?
いくら王族だからって、横暴すぎるわ」
「裁判だと? 王太子を裁くなど……」
「あなたは自分の支持を取り戻そうとしてやったのよね?
だけど、人目についたのは――
本物の聖女と偽物の区別もつかず、本物を追い出した愚か者。
騙されて、被害者ぶるだけの役立たず。
正式な裁判もせずに、処刑する残虐な男。
処刑台の準備もろくにできない、無能な王太子」
ルクレツィアは容赦なく続ける。
「こんな男が王太子でいいのかと、人々は不安に思ったことでしょう。
墓穴を掘っただけね。本当に良心は痛まなかったの?」
プロポーズしたら喜ばれると思っていた私は、打ちのめされてしまった。
ルクレツィアは私の返事を待っているようだった。
だが、何と言えばいい?
彼女は少し待ってから、諦めて話し始めた。
「あなたの父親がどうしようもない人だから、お手本がなくてお気の毒だとは思うのよ」
それは、国王のことか?
「ご自分の治世がうまく行かない理由を「妻が聖女ではないから」とすり替えた。
王妃殿下だって婚約者候補の一人だったのだから、選んだことは間違いじゃないのよ。
問題は、王妃殿下が選ばれた後に努力しない人間だったことでしょう」
次は母上の批判か。本当に口の悪い女だ。
「聖女だって王族派と教会本部派、清貧派といろいろ分かれているのだから、やみくもに聖女を選べば良くなるという話じゃない。
前国王陛下の時代の大聖女は王族派で、協力的だった。つい最近までいらっしゃった大聖女は教会本部派で、この国の都合よりも教会を優先する。
それが区別できないあたり、政治的なセンスがないのよね」
「なるほど、ルクレツィアは賢いな」
思わず褒めてしまった。
せっかく褒めたのに、彼女は苦虫を噛みつぶしたような顔になった。
「あなたが私と婚約しなかった時点で、父が財務卿を退いたことはどう考えていたの?」
「娘を選ばなかった腹いせかと思っていたが?」
「そんなくだらない嫌がらせはしないわ。
王家に未来はないと、切り捨てたのよ。
聖女さえ娶れば何とかなると考える国王に、お茶会の采配さえずさんな王妃、泣きわめくだけの一人息子。
だから我が侯爵家は国の安定ではなく、領地経営や事業に力を注ぐことにしたの」
「我々を見捨てるのか」
声が震えそうだ。
今日は公爵がいない。手強い彼を相手にする前に、ルクレツィアに受け入れてもらおうと思っていたから……。
「いつか王家と袂を分かつようになったときのために、籠城できる備えをしてきたわ。
西の国から輸入した魔道具の中に、瘴気を除去できるものがあったの。
そのため、水と空気もこの屋敷の中なら問題なく使えるわ。
ああ、魔道具は奪われないように設置してあるわよ。
王命を出して接収しようとしたら、燃やして逃げます。
変な気は起こさないでくださいね」
獰猛な男の子どもも、鋭い爪と牙を持っていたのか。
勝ち気だとは思っていたが、ここまでとは……。
「我が家は王弟殿下に支援をしているのよ。
国民のことを考える方にこそ――ね」
「どうして、叔父上が出てくるのだ?」
思わぬ人の話が出てきて、うつむいていた顔を上げた。
「今、まともなことをしているのが彼だけだからです。
国王は頭を抱えているだけでしょう?
宰相は突き上げを食らって右往左往している。
教会は王城で結界を維持しようとして、伝染病を放置している。
誰も思いきった決断をできずに、事態の悪化を為す術もなく眺めているだけ」
痛いところを突いてくる。みんな、頑張っているのだぞ。
「結界がなくなったら真っ先に襲われる農村や周辺にいる国民のことを、誰も考えていない。
それを守るために王弟殿下が軍を率いて回っているのよ」
「それは、越権行為として問題になる。領主と揉めることになるだろう」
ルクレツィアの思い違いを正してやらねば。
「通常時ならそうでしょうね。
でも、この異常事態で藁をも縋る思いでいる人々に、あなたの言葉は響かないわ」
ルクレツィアは燃えるような瞳で、フェデリコを睨みつけた。
「肝心なときに役立たずな男が王族でいる意味って、何?」
「……わかった。もうやめてくれ」
私は思わず、手で顔を覆った。もう、耐えられない。
「それならお帰りください」
冷たい声で、結局お茶の一杯も出してくれなかった。
「だが、私にはもう君しかいないんだ」
そうだ。ここで引き下がったら、後がない。
「こんな状況になってから言われても、嬉しくも何ともないですわ。むしろ、馬鹿にされている気がしますわね。
わたくし、ベネデッタ様が嫌いでした。諦めて、何もしようとしないんですもの。
少しでもましな道を探す気概もなくて、いい傀儡になるだろうと思いましたわ」
ルクレツィアは顎を上げ、見下すように私を見た。
「大人しく傀儡を務めることさえできない男に比べたら、彼女の方がずっと上等でしたわね」
ルクレツィアはさっと立ち上がり、応接間の扉の方に手を向けた。
扉の近くに控えていた使用人が、扉を大きく開けた。
帰れという合図だ。
「ベネデッタ様を魔の森に捨て、ソフィアをなぶり殺しにさせた。
どちらもあなたは直接手にかけていないけれど、ほぼあなたが殺したと言っていいんじゃないかしら。
わたくし、三人目の犠牲者になるつもりはないの」




