予想外の事態
アレッサンドロは、王都に戻らない覚悟で軍を率いて出た。
子どもたちの世話は、妻の実家に頼んだ。
出陣までの準備に、数日かかってしまった。
まず、聖女である妻は王城の結界の間にいたので、王都以外の国民を守るために同行してほしいとお願いした。
最近までは大聖女と一部の聖女しか入れなかったが、今は全ての聖女がここで結界石に聖力を注いでいる。
妻も、他の聖女たちも賛同してくれた。
中には「まずは王都を守るべきだ」と反対する聖女もいたが、他の聖女たちが「それはわたくしたちが頑張りましょう」と説得していた。
王都で育ちここしか知らない人と、領地を持っていてそちらも大切だと考える人がいる。
まるで国王と領地を持つ貴族の対立を見ているようだった。
妻によると、結界は日々薄くなっているそうだ。
魔物の襲撃が増えたという情報はまだ少ないが、時間の問題だろう。
次に、地方に派遣する軍をいくつかに分けるか、という難問にぶち当たった。
同時に他方面に展開したいが、少ない人数で魔物に全滅させられたらいけない。
ある程度の人数で固まり、行く先を絞っていくべきか。
どうしたらいいか……正解などないのだ。
どこかで開き直って決めなければ。
ある程度決めなければ、補給の準備もできない。
数人が、地方の偵察を買って出てくれた。
とても危険な任務だ。途中で魔物に襲われるかもしれない。
最後のチャンスかもしれないから、故郷の方角の偵察に行きたいと立候補する者もいた。
この国は王城の結界石を中心に、ほぼ等距離で国境になっている。
他国も似たようなもので、その隙間は誰のものでもないか、魔の者の領域となる。
五人組を作り、東西南北に偵察隊を派遣した。
三日で戻るよう、つまり、一日半進んだところまででいいと決める。時間との闘いになるので、詳細を調べるのではなく全体像を把握してほしいのだ。
魔物との戦いになった場合、一人だけでいいから離脱して帰還せよ。
そんな非情な命令を下した。
他の者たちは、その三日の間に身辺整理をする。
希望するならこちらの作戦から抜けて、軍務卿の王都警備に異動してもいいという話にしてあった。
偵察を待つ間に、給料が払われないという事態が発生した。
アレッサンドロは財務卿のところに押しかけ、軍部の分だけでもちゃんと払えと脅しつける。
「王族のサインが必要と言うなら、俺が書いてやるぞ。
生活苦で魔物と戦えないと言われたら、困るのはお前たちだろう」
と。
俺が本物の王族だったら、軍だけを優先しろとは言えなかっただろう。
他の部署だって懸命に働いていることに変わりはないのだから。
だが、俺は不義の子で、王族ではないらしい。
ゆえに、自分の目の前のことだけをやる。
全体を見るのは、「王族」の仕事だ。もう、俺の仕事じゃない。
偵察隊が戻ってくる三日目。
俺も軍務卿も、そわそわと落ち着かなかった。
他にも兵站や厩務の担当が用もなくうろつき、伝令兵がさりげなく見張り台まで上ったりしている。
誰もがこの国の行方を決める情報を、今か今かと待っていた。
昼近くに、北方に行った一団が戻ってきた。
気がついた者たちがわっと群がり、もみくちゃにされている。
「おい! 気持ちはわかるが、報告が先だ!」
大きな声を出し、道を開けさせる。こういう時は、まがい物でも王族という肩書きが役に立つ。
へばっている馬を厩舎担当に任せ、帰ってきた五人を軍務卿の執務室まで引っ張っていった。
少し数が多いくらいで、大した問題は無かったという。
ただ、いくつかの領地は領主一族が王都に逃げ込み、残された者たちが怯えている。
魔物の襲撃がないという報告に安心すると共に、なんと恥知らずな領主かと怒りが湧いてきた。
昼過ぎに、東から戻ってきた。
一度、手強い魔物に囲まれてしまい、一人が大怪我をしていた。狼に似た魔物だったという。
一気に緊張が走る。
救護班が怪我人を連れて行った。
その後、南からも偵察隊が戻る。
魔物は通常通りだが、領主が不在の領地に泣きつかれ、説得に時間がかかったと報告された。
あくまで偵察だから、後から支援部隊が来ると説明しても、「その間に襲撃があったらどうするんだ、一人でもいいから残ってくれ」と、しがみつかれたそうだ。
西へ行った偵察隊が戻ってこない。
日が暮れてしまった。
厨房にスープでも作ってもらおうかと話していたら、門のあたりが騒がしい。
駆けつけてみると、血まみれの一団がいた。
担架や毛布を持って駆けつけ、救護室に運び込む。
興奮している馬をなだめる者がいる。
安心していたところに負傷者が出て、多くの人が浮き足立った。
一番軽傷だった者が、軍務卿の部屋に来た。
「入ってくれ」
「偵察隊、戻りました」
兵士がぱっと敬礼をする。
「まずはよく生きて帰ってきてくれた」
「勇敢な君たちに敬意を表したい」
軍務卿が労い、アレッサンドロが賞賛した。
「はっ。光栄です」
これは涙ぐまずにはいられないだろう。
軍務卿は表情を引き締めた。
「痛むだろうから手短に訊く。魔物か? 種類は?」
「……魔物による負傷は一名です。
他の者は、王都を目前にした場所に盗賊が出ました」
「盗賊だと? つまり、人間が……」
軍務卿が机の上の書類を握りつぶしてしまった。
「現場は子爵領で、領主がいち早く王都に逃げ込んだため、領政が滞っています。
領内の警備も手薄だと評判になり、急速に治安が悪化していました。
賊はほぼ切り伏せ、死体の処理は地元の者に任せました。残りの負傷者は、捕縛して村長の判断に委ねました。
それでよろしかったでしょうか?」
「ああ、よくやってくれた」
軍務卿は少し考え込んだが、思い切って口にした。
「状況の悪化を考え、今から会議をしたいが、耐えられるか?」
「はい。そのために戻って参りました」
兵士から力強い返事が返ってくる。
「では、先に戻った三隊を呼んで、作戦会議だ。
早急に対策をしないと、魔物だけでなく、人間の悪党が暴れ出すぞ」
アレッサンドロが、宣言した。
兵士の方からきゅるると音が聞こえた。
見ると真っ赤になって、腹を押さえている。
「ああ、軽食も運ばせよう。我々も夜食がほしいと思っていたところだ」
アレッサンドロが朗らかに言う。
「恐縮です」
「いや、頼もしい。体が資本だからな」
軍務卿が温かく兵士の背中を叩いた。




