魔王城の雑談
ベネデッタとリーナが真剣な顔をして刺繍をしていた。いつものようにおしゃべりをする様子もない。
ムスが部屋に入ってきて、ベネデッタに話しかけた。
「ベネ、王都の状況を知りたい?」
「魔族のみなさんに迷惑をかけることになっていなければ、いいのよ。正直、それどころではないわ。刺繍を明日までに仕上げたいの」
顔を上げて、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「えっ、明日? なんで?」
「明後日がお誕生日なんですって。プレゼント用に頼まれたの」
ベネデッタとリーナは、仲良く微笑み合った。
「ふうん」
ムスはつまらなさそうに、そう言って出て行った。
その足でオッセルヴァの執務室に向かう。
ムスの爪が床に当たり、チャッチャッと小気味よい音を立てた。
執務室の扉をノックすると、控えている者がさっと開けた。
ムスは礼も言わずにオッセルヴァの前に行く。
「主、ベネは王都の様子なんか、どうでもいいってさ」
「興味を持ってもらえなかったからといって、そう拗ねるものではない」
オッセルヴァは余裕を持って、ムスを宥めた。
ムスは応接セットのソファーによじ登る。
「ベネを虐げていた連れ子が消えたからさ。教えてあげようと思ったのに。
若い女に責任を被せるなんて醜悪だし、ベネが仕返しをする機会を奪ったとも言える。まったく腹立たしいよね」
「さて、彼女は復讐を望むのだろうか?」
「それを訊きにいったんじゃないか」
ムスはぷんぷんと怒っている。
復讐をするなら、一緒に考えたかった。
ターゲットの一人、ソフィアは死んでしまった。けれど「生きていたらこうしてやったのに」と、あれこれ考えるのも悪くないはずだ。
オッセルヴァはペンを置き、棚からボトルを取り出した。
グラスと小皿もテーブルに置く。
「あれ? グラスを二つ?」
ムスは木の実が入った瓶をテーブルに置いて、首をかしげた。
「……ラモーゾがこちらに向かっている」
そう言うと、コポコポといい音を立てて注いでいった。
ほどなくして、扉がノックされた。
ラモーゾは魔物たちに偵察をさせ、人族の状況を取りまとめてオッセルヴァに報告するという仕事をしている。
くつろぎながら、現況の報告を聞いた。
「ベネデッタが死んだと思い込んで、自滅していくのは笑えるな。
アレッサンドロが王都を出て、地方の援軍に向かったのだろう? あいつなら無駄な戦いは仕掛けてこない気がする」
王弟として戦場に出ている姿を、オッセルヴァたちも見ている。
挑発に乗ってこないので、好戦的な指揮官ではないというのが魔族たちの見立てだ。
下手に刺激して、正面から対立したい人物ではない。
「そうですね。遊ぶなら、彼がいなくなった王城がいいでしょう。
結界が壊れた今だから行ける場所なので、度胸試しに喜んで行くと思いますよ」
ラモーゾが楽しそうに言う。
日頃、お利口に命令に従ってくれる者たちを、労ってやりたい気持ちもあるのだ。
「軍務卿も、王都の市街地だけ面倒を見ると開き直ったようです。
王城には近衛騎士しかいない状態になりました。
近衛騎士にも強い者はいますが、コネで入った見た目がいいだけの腰抜けも多いですからね。プライドだけが高い人間が右往左往するのは、面白いでしょうね」
ニヤリと笑ったラモーゾの横に細い瞳孔が鋭くなる。
「ラモーゾ、ベネの前で猫を被るのやめたんだ?」
ムスがラモーゾをからかう。
「親しみやすいようにリーナの真似をしましたが、付け焼き刃では駄目ですね」
少しだけ悔しそうに、ラモーゾはグラスを傾けた。




