生け贄
王宮に近い広場は、人でごった返していた。
貴族も多くいたが、薄汚れて悪臭が漂っている。それを誤魔化すための香水で、形容しがたい匂いになっていた。
粗末な服を着た女性が、台の上に乗せられた。
「いやぁ、私が何をしたって言うのよ? 助けてよ。ちょっと、ふざけないで」
先に台に乗っていた王太子が、罪を指摘していく。
「この女はベネデッタ嬢から聖力を奪い、聖女と詐称した」
「それを言うなら、教会の司教たちも同罪よ! ここに呼びなさい」
台の下で見学している教会の人間が反論した。
「その女は性悪だ。悪魔のような女だ」
「私たちは騙されてしまった。ここに懺悔する」
「この女が嘘を吐いて、ベネデッタ嬢と私の婚約関係を壊した」
「元から仲良くなかったじゃない。私のせいにするな!
周りから見たって、私たちの方がお似合いだったのよ。仕方ないでしょ。
ねぇ、私を選んだのは自分だって、胸を張って言ってよ。フェデ! ねえってば」
王太子フェデリコは怒鳴り返した。
「うるさい、この無能! ベネデッタが結界を張っていたそうじゃないか。
そんな彼女を殺したお前を、罰するのが私の償いだ」
「はあ? ばっかじゃないの?
私の胸を揉みたくて、機嫌を取ろうとしてきたくせに。
ベネデッタに劣等感を拗らせて、私をダシにして蹴落として、安心したかっただけでしょうが。
あいつを殺したのは、命令したあんたと、魔の森に連れて行った司祭のルカだろうが。
押さえつけて馬車に乗せた近衛騎士団長の息子、トンマーゾも同罪でしょ。
ここに呼びなさい」。
会場の警備をしているのは近衛騎士団だ。とんでもない醜聞を耳にして、ぎょっとした。
ソフィアの口は止まらない。
「宰相の息子エンリコ、『すべて自分にお任せ』って言ってたのに、どこにいるのよ。
出てこい、卑怯者!」
王太子の側近として、ソフィアと特別に仲が良かった者たちはこの場にいない。
王都の環境が悪くなってきたころから、姿を見せていないのだ。
この処刑に関して、動かせたのは近衛騎士だけだった。軍や他の官吏たちの協力は得られず、ここにいるのは王太子だけだ。
誰か理性的な者がいたらソフィアの口を塞いで、これ以上の暴露を防いだだろう。
「こ、この女、ソフィアは西の国から来たスパイであり、我が国を混乱させるための刺客であった」
「私はただの平民よ。罪を押しつけないで」
「平民が貴族と偽っていたのか」
王太子は責められる弱点を見つけて、喜んだ。
「違う、連れ子よ。母が貴族と再婚したから、私も貴族になったんだって」
この処刑は、王太子が自分の威光を取り戻すために企画した。
父親である国王には叱られ、祖母や母とも上手くいかない。軍務卿は言うことを聞かないし、宰相や官吏たちには軽くあしらわれる。
罪をソフィア一人に被せ、王太子は瑕疵がないと示さなければいけない。
王都の閉塞感を解消するためにパフォーマンスも必要だ。
だが、その目的が果たされるよりも先に、王太子の非道な行いが白日の下に晒されていく。
誰の目にも、ソフィアの独断ではなく、この二人の共謀に見えただろう。
数日前に、軍務卿は処刑の場を整えろと王太子に命じられて断った。
「裁判もしていない処刑など、あり得ません。公開処刑など、現在の治安状況で行うべきではない。その最中に魔物の襲撃があったらどうするのですか」
「ええい、うるさい、うるさい。腰抜けが。近衛騎士にさせるからいいわ」
「近衛騎士も、軍務卿である私の指揮下にありますが」
「では、王命を出す」
「殿下は陛下ではございません」
「だから、父上に頼むのだ」
そんなやりとりのあとで、王命による処刑が決まった。
原因を調べず、正しく裁くことなく、手続きすることなく……責任を一人に押しつける。
これで、心ある者たちの多くが、王家を見限った。
噂に踊らされる者たちは、一緒に罵声をあげるだろう。だが、趣味の悪い憂さ晴らしで気持ちが晴れるのは、一瞬だけだ。
すぐに澱んだ水や溢れかえる下水、足りない食料に不満を募らせるだろう。
「宰相もこれを止めないのか。放置するだけとは……。
はは、それは私も同類だな」
処刑の当日、軍務卿は広場の様子を見に行こうか少し悩んで、やめた。
公開処刑をするときは、台の設営から罪人の運搬や混雑の整理まで、あらゆることを想定して準備する。
数日前に思いつきでやるようなことではないのだ。
誰かがソフィアに石を投げた。
それを皮切りに「お前たちのせいだ」と怒声があがり、王太子にも石が投げられた。
少数の近衛騎士は、王太子を庇いながら退避するので精一杯。
王太子はいくつもの石を受け、打撲と精神的なショックで寝込んでしまった。
ソフィアは気を失い、台の下に引きずり下ろされ、踏まれ、ひどい有様で絶命していた。
王太子を庇った近衛騎士は石の当たり所が悪く、除隊することになる。
処刑の場で働いていた近衛騎士の何人かは大怪我をして、王城の警備は更に手薄になった。




