王弟
王都の水や食糧事情はますます悪くなっていった。
聖女たちが結界にかかりきりになり、流行病が放置されて広がっていく。
修繕箇所が放置され、日常生活に影響が出る。
下水がつまり、悪臭が広がるが、もう修繕箇所の把握が追いつかない。
王都の上空を鳥型の魔物が飛ぶようになり、不安が広がっていった。
商人がこの国を避けるようになり、品薄状態が買いだめを誘発し、物価はうなぎ登りだ。
執務に必要なインクの確保も難しくなってきた。
税金の徴収は適切な金額が算出されず、納税も滞る。
王宮の仕事が回らなくなり、諍いばかりが増えていく。
前王妃は、息子である王弟を呼びつけた。
「あなたなら、この混乱を治められるのではないかしら」
ソファーに座るやいなや、挨拶や労いもせず、本題を切りだした。
王弟は、片方の眉を上げた。
「そうお考えなら、こんなにひどくなる前にお声がけいただきたかった。
もう、修復不可能でしょう」
「ですが、あなたも王族の一人として、責任を……」
前王妃は威厳を崩さないように正論を語ろうとしたが、王弟はそれを遮った。
「そこまでおっしゃるのなら、兄上を退位させて私を王にしてくださるのですか?」
眼光鋭く、前王妃を見据えた。
「それは……」
「ふっ。また尻拭いが終わったら、功績は兄上のものですか。
だいたい、国王を差し置いて、なぜあなたが私を呼び出すのですか。決定権はお持ちなのですか。
やってられませんね。失礼します」
詳しく話を聞かなくてもわかるとばかりに立ち上がり、踵を返す。
「――仕方ないでしょう! あなたには王家の血が流れていないんだから」
前王妃は苦しまぎれに叫んだ。
「なんですって?」
王弟は、ゆっくりと首だけ振り返る。声は地を這うように低い、
「あ、違うの。兄弟仲良く、思いやりを持って……」
「はははは。なるほど。いろいろと合点が行きました。
私の妻に下位貴族の聖女を薦めたのも、軍に入れて前線に立たせたのも、王位から遠ざけるためか」
「弟として、臣下として、支えてほしかったのよ」
「あのボンクラを、ですか。
はは。道理を説くなら、私を産んだ後にあなたは王妃を退くべきだった。
そうしていたら、新たな王妃との間に、優秀な子どもが生まれたかもしれないのに。
もうこれ以上、何を言っても尻軽女の戯れ言だぞ。
こんな王家、滅びればいい」
「お待ちなさい、アレッサンドロ!」
王弟と呼ばれた男は、振り向くことなく前王妃の応接間を出て行った。
アレッサンドロは宰相に面会を求めた。
だが、忙しいと断られる。
次に軍務卿に会いに行った。
軍務卿が苦労していることは知っている。この男も、薄々、この王家は駄目だと感じているのではないかと思っていた。
案の定、彼は頭を抱えていた。
国王は自分たちの周囲だけを守ろうとしている。近衛騎士が減った分を、他の部署に埋めさせようとしているらしい。
「こんな事態を引き起こした王族を、優先して守る必要などないのではありませんか?」
アレッサンドロは王弟という立場を利用して言った。
「それが、許されるなら……」
「ふふふ。国王陛下が許さないと言ったところで、何ができますか。
法務も行政も機能していませんよ。残る軍務は、あなたの管轄だ。
国の結界が機能しなくなった責任は、王家や貴族が取るべきだと思います。
その一方で、平民たちは守らねばなりませんよね?」
今まで見たことがないアレッサンドロの表情に、軍務卿はごくりと喉を鳴らした。
目が据わっていて、妙な迫力がある。
王家を見捨てて、王国を守るなら、まだ間に合うかもしれない。
ここで選択を誤れば、国土ごと人族が住めない領域になるだろう。
「どのような策をお考えですか?」
軍務卿は覚悟を決めて、アレッサンドロに向き合った。
今までも、国王や王太子が困ったことをしでかしたとき、間に入って解決してくれたのはこの男だったのだ。
深夜まで話し合った結果、王城を守るのは近衛騎士のみとした。
残る軍は、王城を除いた王都を守るための分と、地方を守る部隊に分けた。
王都は軍務卿が守り、地方はアレッサンドロが指揮を執る。
「あなたのような方が王族にいてくださって、本当に良かった」
軍務卿が心からの賞賛を捧げると、アレッサンドロは一瞬泣きそうな顔をした。
「私は、そんな……褒められるような者ではありませんよ」
アレサンドロはこの話し合いの中で「王族として」とは、一度も言わなかった。




