教会
他国にある教会の本部へ何日もかけて、大聖女たちはようやく辿り着いた。
だが、待っていたのは歓迎ではなかった。
教皇の前で、大聖女たちは泣き崩れた。
「人々の生活を守るという本分を忘れ、権力争いに敗れて逃げてきた者などに与える慈悲はない」
権力にしがみつかず、神に祈りを捧げ、清廉だと自認していた。
だからこそ、避難することが許されたと思ってはるばる旅をしてきた。
それなのに、教皇から否定された。
いつも冷静な聖女が震えている。
気丈な聖女が唇を噛んで涙をこらえている姿もある。
「戻って、自らの汚名を雪ぐのじゃ。農村の小さな教会に留まり、慈悲を与えよ」
厳しい言葉の中に、ほんの少し柔らかさがあった。
その言葉にうなずく者も、首を振って拒否する者もいる。
「了承した者は隣室で軽食を摘まみながら、一休みしなさい。
拒否した者には、改めて教義を説明せねばな」
その言葉を合図に、聖女たちは二手に分けられた。
部屋の隅には、聖女についてきたその家族たちがいる。この場での発言権はなく、聖騎士たちに囲まれていた。
聖女はみな貴族である。
家族以外にも、領民や使用人といった関係者が多くいる。領民を守るための領主であり、使用人からは労働を提供される代わりに賃金と保護を約束しているはずだった。
それらを見捨ててきたことを咎められた。気まずそうな者、不満を隠さない者とさまざまだ。
教皇の後ろの扉から、フードを被った人物が入ってきた。
それを確認すると、司教や聖騎士たちは正面と横の扉からそれぞれ出て行く。
部屋に残ったのは、教皇とフードの人物、聖女とその家族たちだけ。
異様な雰囲気に、聖女も家族も飲まれ始めている。
大聖女は勇気を出して、教皇に問いかけた。
「畏れながら教皇猊下。大聖女の交替と聖国へ参ることをお許しいただけた手紙は、嘘だったのでございますか」
教皇は軽蔑したように、睨みつけた。
「それは許した。
大聖女を降りたからこそできることもある。
民を引き連れてくるか、聖騎士の派遣を願うか、その後の動きを楽しみにしておったよ。
まさか、身内の者だけを避難させようとは……見下げ果てた奴だ」
大聖女は言葉に詰まり、聖女たちは青ざめた。
確かに、その通りだ。
困難な状況を目の前にして、うっとうしい次期聖女に押しつけてきたようなものだ。
権力を手に入れた後で青くなればいい、と意地悪な気持ちでいた。
王都の結界が弱くなるなら、聖女が全力で強化するか、魔物に襲われないように民を助けるか――。さまざまなことを試みなければいけなかった。
結界が弱くなることを、注意喚起もせずに逃げ出した。
それは、聖女としてとても恥ずかしいことだ。
更に先ほど、それを挽回すべく、農村の教会に行くことを拒んでしまった。
「反省する機会はやった。それを活かせなかった愚か者たちが、ここに残っているわけだ」
教皇の言葉には、断罪の冷たさが混じっていた。
「神よ、許し給え」
思わず大聖女は口にした。あまりに自分が不甲斐なくて――。
「よく恥ずかしげもなく、神に呼びかけられることよ」
教皇は呆れながらも、愉悦を含んだ表情を見せた。
「神が許しても、我は許さじ」
大聖女が震えだした。
聖女もその家族たちも、それを見てより一層不安を募らせる。
「しかし、せっかく聖力を持って生まれてきたのだ。定められた寿命を全うせねばなるまい。
そして、定められた使命を果たすために、邪魔な自我を消し去ろう」
教皇は歯を見せてニタリと笑う。
「汝らに従ってきた家族は、貴族の務めを放棄した意味のない存在だ。であるから、奴隷にするぞ。
この聖都は聖力に満ちている。平民として生きてきた者には光がキツいらしく、寿命が短い。
よって奴隷として働かせるには、聖力に馴染みが深い貴族がいいのだ」
家族たちから悲鳴があがった。
「いや、嫌。嘘でしょう?」
「わたくしたちにひどいことをしたら、許しませんわ」
「教会がそんな非道なことをするのか。訴えてやる!」
「さてさて、活きのいいことだ」
教皇は聞き慣れた訴えを、一言で鎮めた。
「これに控えるは闇魔法の使い手だ。
浅学な者たちは、闇魔法が邪悪なものだと思っているかもしれん。
だが、闇は精神に作用するもの。
力が悪なのではなく、使い方によっては危険だというだけのことだ」
すいっとフードの人物が教皇の前に立ち、手のひらを聖女たちに向けた。
なぜか、その手に目が吸い寄せられる。
「権力を持つ者が闇魔法を嫌悪したならば、それは己以外が闇魔法を使うことを警戒しているだけのこと。
神は善も悪もなく、ただ光と闇を作られたのだ」
闇魔法が発動し、教皇の操り人形が完成した。




