二組の主従
ラモーゾが魔王城にて、オッセルヴァの前で跪く。
「主様、件の馬車を無傷で通しました。
今頃は本国に戻り、あちらの国王に謁見しているかと」
「ふむ。その様子を見ることはできるか?」
「もちろんでございます」
ラモーゾは洞窟から回収してきた鏡を運び込ませた。
王城のとある会議室に国王が入室した。
本来は、御前会議の前に打ち合わせなどをする部屋だ。
立ち上がって出迎えた一堂は、国王に礼を捧げる。
みなを着席させ、宰相が会議の開始を告げた。
「外交官の任に就いているヴィットリオ侯爵。急な命令による帰国であったが、無事に到着したことを国王陛下もお喜びになっている」
国王は宰相の言葉にうなずいた。
「さて、ここからは彼の上司である私から。
赴任地の国から、ヴィットリオ侯爵は既婚者なのかと問い合わせが来ている。
外交官でありながら、赴任した国で子どもを設けたというのは本当か」
外務卿がいち外務官にすぎないヴィットリオ侯爵を詰問した。
爵位的には、ヴィットリオ侯爵の方が外務卿に任じられてもおかしくない。しかも、将来的に王太子妃の父親という立場だ。
しかし日頃の言動が、外交官を束ねる外務卿に任じるには、なにか危ういところを感じさせる。そう判断されて、役職がつかないまま外交官の仕事を続けていた。
外交官の家系で、何カ国語も習得して自信を持っていた。ヴィットリオ侯爵は自分が冷遇されていると、不満を募らせた。
両親が早々に家督を譲ったのも、自分が優秀だからかと思っていた。だが、言葉の端々に「お前はこの家を潰すだろう」という諦めが滲んでいる。
そういえば、後妻を迎えたすぐ後に家督を譲られた。
両親は自分たちの生活を守るだけの資産を確保し、自分と距離を置いたのだ。
そんな状況が、更に彼を焦らせた。
何か実績を上げて、きちんと認められなければと決意する。見返して、後悔させてやるのだと。
だから、「王太子妃の父」という立場を軽視した。娘を誇るどころか「お前のせいでコネだと疑われる」と八つ当たりをしてきた。
後妻の連れ子が王太子と恋愛関係にあったとしても、彼には興味がないことだった。
王太子を巡って二人の少女が争い、片方が破れて去っただけ。
家のことは後妻に、領地のことは家令に任せてある。
自分は、自分の経歴を磨くのみ。
だから彼は「私は家長として、後継者を作る義務があります」と悪びれることなく言い放った。胸元に手を置き、まるで女性の方が放っておかない色男だとでもいうように、堂々と――
「貴殿は婚姻制度をなんだと思っているのだ。
後妻の連れ子が実の娘の婚約者を奪うなど、監督不行き届きだと思っていた。だが、それ以前に貴家では倫理観が欠如しているのか」
外務卿が苛立ちを見せた。
外交官は国の顔でもある。己の振る舞いが国の将来を左右することもある。襟を正して生きるよう、誰もが承知していると思っていたのに。
王太子は姉妹を乗り換えた形になっていることが、どれほど外聞が悪いかようやく理解し、居心地が悪くなった。
そして自分のことを棚に上げ、王位に就いた際にはこの男を外務卿から外そうと密かに考えていた。
「ソフィアは養子縁組をしていないので、私の娘ではありません」
ヴィットリオ侯爵は、そう答えた。
質問の意図がわかっていないのか、わざと論点をずらしたのか――宰相は眉をひそめた。
それを聞いたソフィアが「何を言ってるのよ!」と立ち上がった。
養子縁組をしていなければ、平民のままだ。
椅子が倒れ、ガタンと音を立てて床に打ち付けられた。その背もたれの部分の装飾が欠けた。
「君の母親が『家を守ってベネデッタの世話をする』と言うから籍を入れただけだ。
私は本当に愛する人との息子に、家を継がせたい。
初めからそう言っておいたはずだが。君は母親から聞いていないのか」
「愛する人とはなんだ? 他国の未婚の令嬢に手を出し、外交問題を引き起こしおって。
お前など外交官を名乗るに値しない。恥を知れ。クビだ!」
国王の怒声が会議室に響いた。
しかしヴィットリオは怯むどころか、むしろ得意げに顎を上げた。
「畏れながら国王陛下。あなたが一人娘ベネデッタを王太子の婚約者にしたせいで、私は親族から養子をねじ込まれそうになったのです。
それなら自分の息子を作るしかないじゃありませんか。
今の妻は貴族の生まれですが、一度平民に落ちた女です。
貴族に返り咲けたことで私に感謝しています。逆らうはずがありません。
新しい妻を迎えると言えば、すぐに離婚に応じるでしょう。なにせ平民が平民に戻るだけですから」
完璧な計画だとでも言うように、持論をまくし立てた。
あまりの言い草に、その場にいた人たちは開いた口が塞がらなかった。
それを賞賛と勘違いし胸を張る男は、滑稽を通り越して空恐ろしい……。
近くの教会の鐘が鳴る。
会議室に緊張が走った。




