少しずつ進む
ベネデッタは起き上がると、ぼーっと考え事をした。
何も意味がなかったと。
貴族の女性として模範的に生きた母は、早死にしてしまった。
母が生きた証は、簡単に後妻に踏みにじられた。
聖女と言われ、教会で心から祈りを捧げた。
子どもたちが交流をして友達を作っている時間を、神に捧げた。
だが偽物と言われ、人族の世界から追い出された。
王太子の婚約者になった。
暴れん坊のお守りをするようなもので、ただ辛かった。
それがなければ、友達を作れたかもしれないのに。
他の人に譲れるならば、喜んで降りたのに。
頑張ったけれど、もう疲れてしまった。
そして、今は何も頑張っていない。
こんな状態では生きているなんて、きっと許されないわ――。
ここに来てから、わたくしのために、人族の食事をわざわざ用意してくださるの。
お手間を取らせて、申し訳ないわ。
わたくしはいるだけで迷惑をかける存在なのね。
王太子にゴミを見るような目で見下ろされて、「立ち去れ」と軽蔑するように命じられた。あのとき、体にヒビが入ったかと思ったわ。
ああ、恥ずかしい。消えてしまいたい。
涙がはらはらと落ちてくる。
「なに、この辛気くさい空気」
ムスの声がした。
その後ろにリーナがいる。
「人族はお日様の光を浴びないと、悪い方に考えるんだて。部屋から出してやればいいべさ」
このリーナが人族の食事を用意してくれている。
「屋上に行ったって、薄曇りだよ?」
ムスは理解できないと小首をかしげた。
「じゃあ、村に行くべ。晴れた日を選んで、市が立つ日ならもっといいべな。
いろいろ食べさせて……泣いてるだか?」
リーナはベネデッタの頭をなでながら、エプロンで涙を拭いてやった。
「どうした、どうした。何が悲しいんだ」
「わ、わたくし、迷惑をかけて……ばかり、だわ」
「んん? どうしてそういう話になったの?」
ムスはベネデッタの膝の上に乗り、顔を見上げた。
ベネデッタは嗚咽を漏らし、答えられない。
リーナはベネデッタの頭を抱えるようにした。
「働いてないと落ち着かねぇ人もいるもんだ」
「ええ、なにそれ。必要な分以上に働くの?」
「動いてないと、気持ち悪いんだってよ」
「ふうん? でも、まだ村に行くのも危険な気がするんだよなぁ。
情勢がどう動くかわからないし、強引にベネを連れ戻そうとする奴が出てくるかもしれないし」
ベネデッタの体がびくりと震えた。
「じゃあ、刺繍を持ってきてやるべ。小遣い稼ぎにもちょうどええべさ」
リーナの提案で、次の日に村から刺繍の依頼を持ってきた。
花嫁衣装や赤ちゃん用、成人の祝いなどおめでたい柄の注文が多い。
窓辺に椅子を並べて、二人は刺繍を進めた。
「楽しいけれど、目が疲れるわ」
ベネデッタは目をぎゅっと閉じた。そうすると、少し目の調子が戻る気がする。
「ああ、部屋が暗いもんな」
リーナは首を回したり、手首をぷらぷらさせる。
「でも楽しいわ。少しずつ模様ができていくのは、わくわくするわね」
ベネデッタは楽しそうに微笑んだ。




