結界
あれから何日経ったのだろう。
ベネデッタは柔らかいベッドで、うつらうつらしていた。
昼間でも薄暗いこの森の中では、昼と夜の境が曖昧だ。
それに加えて、今までの疲労が溜まりに溜まっていたベネデッタは熱を出し、寝込んでいる。
起きたときに昼間か夜か、よくわからなくなっていた。
果物やポタージュ、おかゆのようなものを少し食べてまた眠る。
何か役に立つことをしなければと気持ちは焦るが、なにもできないままだ。
村娘のリーナが持つトレイに、パンが乗っていた。
「ちょっこし、食べてみんべ」
小麦とバターの香りが、久しぶりに食欲を刺激した。
母が亡くなって以来、初めて湧いた食欲かもしれない。
貴族たちのパンに比べたら粗い粉だが、生きる糧として、心からありがたいと感謝の念が湧いてくる。
ふと、魔王城に来る前に見た魔族の薄いパンを思い出した。
聖女が食べても大丈夫かわからないと言われ、少しかじっただけ。
「洞窟にラモーゾが持ってきてくれたパンを置いてきてしまったの。無駄にしてしまって、申し訳ないわ」
「ああ、誰かが食べてっと思うな。気にせんでええべさ」
「リーナ、これは人族のパンなのかしら?」
「ああ。ベネさんが寝てる間に、軍は引き上げた。んで、主様が森の入り口の幻術を解いた。
聖女の結界が薄くなってきたから、村との行き来が楽にできんだ」
ベネデッタは自分の手首を触った。半年前からつけていたブレスレットがない。
そういえば、ムスが持って行ったような気がする。
……実は、森に来てから記憶が飛び飛びになっているのだ。
大聖女から後継者の修行のための道具と聞いている。追放されたとき、返すべきだったのかもしれない。
大聖女に見込まれていたのに、王太子に偽物と言われてしまった。
教会と王家で意見が食い違ったのだろうか。
王太子の独断だとしても、誰も助けてくれなかった。家族以外にも、そんなに疎まれていたなんて……。
ここで考えたところで、何かが変わるわけでもない。もう、王太子のために何かしたいとも思わない。
いえ、王太子のためにと思ってやったことなんて、ひとつもないわね。
周りに言われたことをやっていただけだもの。
誰も、わたくしに「どうしたいか」なんて訊かなかった。
ここでは、よく尋ねられるわ。
どうしたい?って。
考え慣れていないから、ちょっと疲れてしまうわね。
今までのように「どうせ、わたくしがどう答えようと、好きにするのでしょ」と投げやりになることが許されない。
「結界がなくなったら、大変なことになるのかしら」
聖女が結界を張るのは、大切なお勤めだ。
だが、ここでは魔族と村の人は「結界が強すぎる」とか「薄くなった」とか、平然と話している。
「結界が破れたら一大事」という雰囲気は感じられない。
「ああ、魔の森の周辺は、それなりにお付き合いがあるかんね。物々交換するしさ。
瘴気がちょっと漏れてきたくらいじゃ、なんともないし。ちっこい魔物なんか怖くねぇし。
半年前からの結界が強くて行き来できなくなった時だって、ちゃんとした門からは出入りできたんだ。
遠回りしなくちゃでおっくうなのと、門番してる兵士に目をつけられたら面倒だってくらいでさ」
「じゃあ、わたくしの聖力で結界を張っていたのは、意味がないのね」
「王都の城壁内は、もう一段強い結界で守られてるって聞いたべ。だけん、お貴族様は瘴気に耐性ないかもな」
「ふふ、村の人たちに影響がないなら、よかったわ」
「お貴族様には『ざまぁみろ』だな」
「それは、聖女として言ってはいけないような……」
「偽物って言われたんだべ? もう、清く正しくしなくてえんだよ」
「あ……」
ベネデッタはあまりの衝撃に、言葉を失った。




