まどろみ
ベネデッタは薄暗い部屋で目を覚ました。
ぼんやりと、ここはどこだろうと考えた。
久々のまともなベッドとシーツ……。
あ、魔王城だったわね。
王太子からの暴言と側近からの暴力に比べたら、魔の森の環境がありがたかった。
だが、その脅威が遠くなってしまうと、洞窟での野宿は正直こたえた。
「お風呂とベッド……なんてありがたいのでしょう」
身じろぎをして、シーツの感覚を味わった。
いつまでこうしていられるだろう。軍が去ったら洞窟に戻らなければいけないのかもしれない。
そういえば、わたくしを保護してくれた意図というか……お願いをまだ聞いていない。
うつらうつら夢心地のまま、ベネデッタは眠りに落ちた。
次に目が覚めたとき、ムスがベッドの上で寝ていた。
「ベネ、起きた?」
世話を焼くために、ついていてくれたらしい。
用意してあった水分と果物を勧められた。
軍の動きが落ち着くまで魔王城にいることになった。
「魔王と呼ばれるのは嫌だとおっしゃっていましたが、魔王城と呼ぶのはいいのですか?」
ちょっとした言葉が気になって、ムスに確認する。
「前の方が『魔王』と呼ばせていたので、『魔王城』でいいらしいよ。
僕たちが魔王と呼んでも返事してくれるし……『領主』なんて言い出すからびっくりしたよ。
威圧感で畏れられて、距離を置かれるのが嫌なのかな? 聖女相手だから、何か違うのかな?
正直、よくわからないや」
「一番偉い方なら、威厳がないよりいいと思うけれど」
国王や王太子を思い出しながら、そう思う。
彼らにはあまり威厳がない。それならば親しみやすさを持ち味にすればいいと思う。無理をして、権力で跪かせるのが威厳だと勘違いして迷走している気がする。
「ところで、領主様からわたくしへの要望は何だったのかしら」
話の途中で負傷者が運び込まれ、そのあとでベネデッタが気絶してしまったので、話が中断したままだ。
「結界を弱めてほしいというのが、ベネを保護しようというきっかけだったんだ。その辺りの話を、元気になってから訊きたいってさ。
それから、魔の森を追放先にすることに対する怒りだね。僕らに対して失礼だよ。
だったら、追放された人を保護して生かすことが、最大の嫌がらせになるだろう?」
「ふふ、本当ね」
わたくしが生きていることが、既に嫌がらせになっているとは……笑いながら、目に涙の膜が張った。
「――だから、今度は逆に僕たちから追放者を人族の方へ追放するかもしれないけど。お互い様だよね」
ムスの目が怪しく光る。
「そうね。私の立場で反対することはできないわ」
僅かに感じた恐怖をなかったことにして、ベネデッタは淑女の笑みを浮かべた。
「ベネ、魔族の領民になる? もう戻れないでしょ」
「そうね。わたくしは人族だけれど、王城にも神殿にも家にも居場所はないものね。
ただ、光の少ない森に永住できるかというと……自信はないのだけれど」
完全に人族と決別するなど、そこまでの決断は――まだ、できない。
薄暗い森の静寂に安らぎを感じる一方で、日の光が届かないことで何かが澱んでいく気がするのだ。
ムスは、ベネデッタが迷う様子を静かに見つめていた。
「魔族の領民にならなくても、やりようはあるよ。
近くの人族の村か、森の中にある『光の家』に住んでもいいと思う。
まあ、もう少し体調を整えて、人族の軍人たちがいなくなってから考えようか」
その言葉を聞いて、ホッとした。
まだ、決めなくてもいいのだと。




