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もう戻らない令嬢の話――偽物の聖女と断罪されて、魔族に拾われました  作者: 紡里


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20/21

聖女の自由

 鳥の治療が終わった。

 城で一晩養生させるということで、患者は寝台ごと運ばれていった。治癒師もそれに付き添って出ていった。


 ピリピリとした空気が消え、気だるいような気配が満ちる。

 オッセルヴァの醸し出す雰囲気だろう。

 ゆったりと、自信に満ちて動じない王者の風格だ。


 人族の国王にも王太子にもないものだ。

 王妃は堂々としているが、ゆったりとした余裕は感じられない。。



「ふむ。ベネデッタ嬢は光の神に祈るのが習慣になっているようだね。

 ムステッロのお手柄といったところか」

 オッセルヴァは低く笑い、ムスが胸を張る。


 ――ムスの名前、本当は長いのね。

 そう考えながら、ベネデッタはそっと喉を撫でた。


 この魔王城の中でうっかり光の神の名前を唱えたら、喉を痛めるというわけだ。


 もう聖女ではない、偽物とまで言われたのに、長年の習慣は簡単には抜けてくれない。



「ベネデッタ嬢は、聖女のままでいたいのかな?」

 穏やかにそう尋ねられ、戸惑った。


 聖女でいたいのかどうか……?

 今まで、考えたこともなかった。


 教会に聖女だと言われ、修行をしただけだ。なりたいと思ったわけではない。

 王太子に偽物と言われ、悲しかったけれど、聖女のお勤めをしないで済むならそれでもいいと……もう、逃げ出したい自分がいた。


 聖女でいたいなら、教会を頼ればよかった。だが、この森に強引に連れてきたのは、教会で要職を占める家系の子息だ。

 意識しないようにしていたが、教会は権威を振りかざし、その中の腐敗も根深いものとなっている。

 聖女は政治に利用される駒だ。


「考えたことがありません。聖力を授かったのなら、世のため人のために、そうなるべきだと教わりましたので」

 そう、答えるしかなかった。正直、どうすればいいのかわからない。


「ムステッロから、人族が聖力と呼ぶものは光魔法の一つだと聞いたのであろう?

 ならば、そう特別なもののように捉えなくてもよいのではないか。力を磨くも、使わずに暮らすも、貴方の自由だ」


「そう……ですか?」


「――自由を恐れるか」

 彼の声が一段と深みを帯び、空気が共鳴するように揺らいだ。

 ろうそくの火が一斉に揺れたので、気のせいではない。


 試すように、心の奥底を暴くように、静かに魔王は聖女を見つめた。

 冷や汗が背筋を伝う。


 彼の瞳の底に、闇そのものが広がっている気がする。


 耳鳴りがして、手に汗をかく。

 くらりと景色が歪んだような気がして、その後、ベネデッタは意識を失った。


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― 新着の感想 ―
イタリア語の響きの名前が多いように感じる登場人物ですが、ベネデッタは、17世紀に宗教裁判にかけられたカリスマ修道女。 そして魔王オッセルヴァは、osservare観察する(者)から、来ているのでしょう…
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