聖女の自由
鳥の治療が終わった。
城で一晩養生させるということで、患者は寝台ごと運ばれていった。治癒師もそれに付き添って出ていった。
ピリピリとした空気が消え、気だるいような気配が満ちる。
オッセルヴァの醸し出す雰囲気だろう。
ゆったりと、自信に満ちて動じない王者の風格だ。
人族の国王にも王太子にもないものだ。
王妃は堂々としているが、ゆったりとした余裕は感じられない。。
「ふむ。ベネデッタ嬢は光の神に祈るのが習慣になっているようだね。
ムステッロのお手柄といったところか」
オッセルヴァは低く笑い、ムスが胸を張る。
――ムスの名前、本当は長いのね。
そう考えながら、ベネデッタはそっと喉を撫でた。
この魔王城の中でうっかり光の神の名前を唱えたら、喉を痛めるというわけだ。
もう聖女ではない、偽物とまで言われたのに、長年の習慣は簡単には抜けてくれない。
「ベネデッタ嬢は、聖女のままでいたいのかな?」
穏やかにそう尋ねられ、戸惑った。
聖女でいたいのかどうか……?
今まで、考えたこともなかった。
教会に聖女だと言われ、修行をしただけだ。なりたいと思ったわけではない。
王太子に偽物と言われ、悲しかったけれど、聖女のお勤めをしないで済むならそれでもいいと……もう、逃げ出したい自分がいた。
聖女でいたいなら、教会を頼ればよかった。だが、この森に強引に連れてきたのは、教会で要職を占める家系の子息だ。
意識しないようにしていたが、教会は権威を振りかざし、その中の腐敗も根深いものとなっている。
聖女は政治に利用される駒だ。
「考えたことがありません。聖力を授かったのなら、世のため人のために、そうなるべきだと教わりましたので」
そう、答えるしかなかった。正直、どうすればいいのかわからない。
「ムステッロから、人族が聖力と呼ぶものは光魔法の一つだと聞いたのであろう?
ならば、そう特別なもののように捉えなくてもよいのではないか。力を磨くも、使わずに暮らすも、貴方の自由だ」
「そう……ですか?」
「――自由を恐れるか」
彼の声が一段と深みを帯び、空気が共鳴するように揺らいだ。
ろうそくの火が一斉に揺れたので、気のせいではない。
試すように、心の奥底を暴くように、静かに魔王は聖女を見つめた。
冷や汗が背筋を伝う。
彼の瞳の底に、闇そのものが広がっている気がする。
耳鳴りがして、手に汗をかく。
くらりと景色が歪んだような気がして、その後、ベネデッタは意識を失った。




