闇魔法の治療
「ベネデッタ嬢は、魔の物に忌避感はないのか?」
オッセルヴァにそう問われた。グラスを弄ぶ彼の手は、妙な色気を感じさせた。
「そうですね。
この森に来てから助けてくれた方々を怖がるのも……おかしな話という気がいたします」
魔の物全体に対しては判断するのは早計だが、少なくともムスやラモーゾには好意を抱いている。
「……私のことは、怖くないのかな?」
彼は、正面からベネデッタの目を射貫くように見ている。まるで捕食者が獲物の弱点を見極めようとするかのように……
「どうでしょう。怖いと思うような出来事がなければと、願うばかりでございます」
なんと答えていいか分からず、社交的な言葉と貴族らしい微笑で返した。
昼間であるはずなのに、室内は薄暗く、ろうそくの火だけが生き物のように揺れていた。
背筋を冷たいものが走る気がするが、それくらい隠し通してみせよう。
そこに治癒師が到着した。
オッセルヴァを前に、震えながら挨拶をしている。
「……ふむ。ベネデッタ嬢は、魔族の治癒に興味はおありか?」
治癒師との会話をいったん区切り、ベネデッタに気だるそうな様子で話しかけた。
「はい。人族と同じやり方か、違うのか興味がございますわ」
こんな機会は二度とないかもしれない。
そして、少しだけ……断ったらどうなるかと考えた。厚意を無下にしたら何か恐ろしいものが待っているような気がして、身震いした。
「では、ここで、客人に治療を見せて差し上げなさい」
「……はい」
治癒師はうつむき加減で、くぐもった声で返答した。
内心、面白くないと思っているのではないかと、不安になった。
一瞬、遠慮しようかと思ったが、それを言い出すのも勇気がいる。
室内には使用人たちが運び込んだ子ども用の寝台があり、鳥はそこに寝かされていた。
包帯には血がうっすらと染みはじめている。
「では、始めさせていただきます」
聞き取れるかどうかという小声で、治癒師が宣言した。
ラモーゾが包帯を解いていく。
彼の手からは黒い霧のようなものが出て、傷口にまとわりついた。
もぞもぞと何かが蠢く。
鳥がぐぇぇと鳴く。痛みを伴う治療なのだろうか。
思わずベネデッタは両手を組み、強く握った。
首筋に、見えない糸で締められるような痛みが走った。
「ベネ! 光の神に祈っちゃ駄目だ」
ムスの鋭い声が飛ぶ。洞窟でムスがベネデッタに刻んだ魔法陣が反応した痛みだ。
「あ……無意識に……ごめんなさい!」
治癒師に睨まれた。
今のは、ベネデッタが悪い。闇魔法の治療中に光の神に祈るなど、完全な妨害行為だ。
逆に光魔法の治療中に闇魔法が使われたら……想像するだに恐ろしい。
ベネデッタは自分の失態に、恥じ入るばかりだ。
ただ、治癒師の口元から鋭い牙が覗いたのは……噛み殺されるのかと思い、恐怖が全身を駆け巡った。




